安倍晋三元首相が中国を翻弄した秘策「狂人理論」 「中国が最も恐れた政治家」が使ったアメとムチ

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「私に具体的な訪台の計画がない段階から、中国外務省が北京の日本大使に抗議したり、東京の中国大使館幹部が外務省に申し入れたりして右往左往していたそうです。放っておけばいいんです。私が『狂人理論(マッドマン・セオリー)』をやれば、中国も日本を挑発しづらくなるし、外交交渉も優位に立てるから」

「狂人理論」とは、何をするか分からないと見せかけ、相手を怖がらせて屈服させるやり方で、アメリカのニクソン大統領がベトナム戦争期に使った。安倍氏があえて「狂人」を演じることで、対中牽制をしていたのだ。

安倍氏は「瓶のふた」であり重しだった 

こうして振り返ってみると、安倍氏は二つの意味で、「瓶のふた」であり、重しであったのだと思う。自他ともに認める対中強硬派だったからこそ、存在自体が中国に対して牽制となった。と同時に経済交渉を進める際に、自民党内や世論の「右派」を説得することができた。

この重しを失った今、日本の対中外交が漂流することを筆者は懸念している。岸田政権が安易な対中融和に傾くこともあるかもしれない。そうなれば、足元を見た習近平政権が日本に対して強硬に出てくる可能性がある。抑えが利かなくなった自民党などの右派が対中強硬に一気に傾くことも考えられる。

議員会館の安倍氏の部屋では、何度か岸田文雄首相とニアミスした。外交を中心に安倍氏に助言を求めていたそうだ。2021年9月の自民党総裁選で最終的に岸田氏を支持した理由を問うと、安倍氏はこう答えた。

「外相として4年8カ月の長期にわたって、安倍外交を支えてくれたことを感謝しているからです。自分の手柄にする政治家が多い中で、岸田さんは常に謙虚に懸命に支えてくれました」

「安倍外交の後継者」として、対中外交を含めたかじ取りをしていくのか。岸田氏の真価が問われている。

峯村 健司 青山学院大学客員教授

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みねむら けんじ / Minemura Kenji

朝日新聞で北京、ワシントン特派員を歴任。「LINEの個人情報管理問題のスクープ」で2021年度新聞協会賞受賞。「ボーン・上田国際記者記念賞」受賞。2022年から現職。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員も兼ねる。

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