インドでは、「日本の良識」は通じない 巨大国家の内実を小説の中で克明に描写

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(写真:Novic/Imasia)
古き因習と最先端ビジネスの狭間でうごめく巨大国家を圧倒的筆力で描き出す。『インドクリスタル』(角川書店)を書いた作家の篠田節子氏に聞いた。

──インドが舞台です。

これまでブータン、チベット、ネパールを舞台に書いてきた。書くたびに立ち現れるのがインド。ブータンでいえば、外交と軍事はインドに依存しているし、チベットはまさに中国とインドがせめぎ合う所で、今はほとんど中国化された。ネパールも両大国に挟まれ、インドの影響力を強く感じるのが常だった。

──たまたま会った中学同窓生の経験談が執筆を促したとか。

10年ほど前、通っているスポーツジムで、それこそ数十年ぶりに中学校時代の同窓生に会った。黄銅鉱を買うためにインドに出掛けているとかで、そこでの話を聞かされた。鉱山に行く道すがら延々と続くスラム。一方、泊まったのはタタ財閥の造った目もくらむ豪華なホテル。そのすさまじい落差。しかも商売相手がいかに手ごわく、日本人ビジネスマンの常識が通用しないか、と。その瞬間、まじめに取り組んで書きたい小説の題材だと一気に感じた。

──インド事情が詳細です。

インドの元駐在員が中心メンバーの勉強会「インドサロン」に、今年5年目でまだ在籍させてもらっている。ムンバイの総領事だった武藤友治さんが現代インドについて毎回テーマを決めて講義する。

人質にされないような取材場所を探した

──小説には反政府勢力が登場します。

ピンポイントで先住民がたくさん住んでいる地域に取材に行った。ただし、人質にされて身代金を要求されては困るので、そこまで問題はなさそうな所を探した。

──現地語とおぼしき地名や人名がたくさん出てきます。

ほとんどフィクションだが、通過したり訪問したりした村で書き留めた。人名も現地で拾い集めたものが多い。たとえば通訳はデリーのシーク教徒の人で、訪れたオリッサ州に入ると言葉が通じない。オリッサ州でも地域によりまた言葉が通じなくなる。名前の由来を聞きたいのに、同じ州のガイドでも言葉が通じなくてわからないことが多々あった。

──主人公は惑星探査機用の人工水晶の核となるマザークリスタルの買い付けで出向きます。

篠田節子(しのだ・せつこ)●1955年生まれ。東京学芸大学卒業。八王子市役所に勤務。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。97年『ゴサインタン 神の座』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、2011年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。

同窓生に話を聞いた黄銅鉱は国家の戦略物質なので、日本人をそう簡単に鉱山に入れないという。しかも大企業ならまだしも零細企業のオヤジが行けるわけはなく、リアリティが弱いと。大企業なら実際には組織として動く。

それでは現地で小説の主人公として活躍させにくい。零細企業のオヤジが行くような鉱物がいいと、それでクリスタルにした。インドの場合、ダイヤモンドやルビー、サファイアなど宝石がかなり採れる。それらの場合は現実にはヤクザが動かす闇社会であり、違う世界の話になってしまうので避けた。

──インドクリスタルはない?

日本がインドクリスタルを輸入するというのはまったくの虚構。インドに質のいい水晶があること自体、聞いたことがない。日本が種水晶として買うのはブラジル産。ただ、パワーストーンとしてヒマラヤ〇〇とかいろんな名前のものが出回っていて、あれらは実はほとんどがインド産だそうだ。インドクリスタルとしないのは、ほかに宝石がたくさん出るので、単価として安い「砂利」みたいなものにわざわざ国名をつけないからだという。

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