閣議軽視も極まりないルール違反だが、閣議決定を天皇に上奏するのは太政大臣だということに、大久保は目をつけた。岩倉に太政大臣の代理を務めさせたこと、しかも秘密裏に進めた時点で、大久保の実質的な勝利は決まっていた。
いや、ターニングポイントはそれより前、太政大臣の三条が政務不能になった時点にあった。その状態に追いやったのが、大久保の辞表である。結果的に大久保は一点突破に成功し、閣議で決まっていた西郷の朝鮮派遣をひっくり返すこととなった。
西郷隆盛の不気味なほど静かな撤退
そうなれば、今度は西郷のターンだが、意外にもあっさりと敗北を受けいれている。まだ天皇の判断がなされていない23日の時点で、西郷は辞表を提出した。
実は22日に岩倉の裏切りを知ったときも、西郷はさしたる抵抗も見せなかった。また以前に薩摩藩の国父・島津久光との厄介なトラブルに巻き込まれたときは、大久保と同じように天皇を動かした西郷だったが、今回は自ら天皇にアプローチすることもなく、引き下がっている。
大久保のことは、西郷が一番よくわかっている。この戦い方に持ち込まれたら、大久保には敵わないと思ったのかもしれない。
西郷が辞表を提出した翌日の24日には、板垣・江藤・副島ら西郷派の参議も辞表を提出。同時に、大久保と木戸が以前出した辞表は却下される。
この「明治6年の政変」によって、参議のパワーバランスが大きく変わった。11月29日、大久保は新設した「内務省」の初代長官内務卿に自ら就任。大久保が再び権力の中枢に返り咲くことになった。
これでようやく、ドイツをモデルにした近代化を推進できる……そう思ったのもつかの間、年をまたぐと大久保のもとに、不穏な情報が寄せられる。
なんでも佐賀士族が反政府の動きを目論んでいるらしい。佐賀といえば、江藤新平だ。閣議で論破されて、恥をかかされたことを、大久保は忘れてはいなかった。
ゆっくり急げ――。大久保は自ら佐賀へと出張することを決めた。
(第41回につづく)
【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
勝田孫彌『大久保利通伝』(マツノ書店)
西郷隆盛『大西郷全集』(大西郷全集刊行会)
日本史籍協会編『島津久光公実紀』(東京大学出版会)
徳川慶喜『昔夢会筆記―徳川慶喜公回想談』(東洋文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
勝海舟、江藤淳編、松浦玲編『氷川清話』(講談社学術文庫)
佐々木克監修『大久保利通』(講談社学術文庫)
佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家(日本史リブレット)』(山川出版社)
毛利敏彦『大久保利通―維新前夜の群像』(中央公論新社)
河合敦『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』(ミネルヴァ書房)
渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)
安藤優一郎『島津久光の明治維新 西郷隆盛の“敵"であり続けた男の真実』(イースト・プレス)
佐々木克『大久保利通と明治維新』(吉川弘文館)
松尾正人 『木戸孝允(幕末維新の個性 8)』(吉川弘文館)
瀧井一博『文明史のなかの明治憲法』(講談社選書メチエ)
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