三井:中原さんは、2014年に大手シンクタンクの経済予想が大外れした理由についても明確に分析されていますね。
中原:当時の私が大いに疑問を感じていたのは、2014年のシンクタンクの経済見通しの前提が輸出の増加、すなわち貿易黒字の増加によって成り立っているということでした。シンクタンク大手12社の全社が2014年7~9月期から2015年1~3月期まで3四半期連続のプラスを見込んでいましたが、前回述べた経済を正しく予測するための4つの視点から見れば、当時から私にはまったく理解ができませんでした。
大手シンクタンクのエコノミストたちが揃って見通しを大きく外した理由を改めて振り返ってみると、私はやはり「Jカーブ効果」への信仰が彼らの目を曇らせていたのではないかと考えています。自然科学の分野から見れば、理論と言うにはお粗末な理論であっても、私の経験からは、経済識者は「Jカーブ効果」をかなり強く信じていると思っているからです。
まだアベノミクスが始まったばかりの頃、私はある議論の場において、「たとえ円安が進んでも、輸出数量は思うようには増えない」という予想を展開したところ、ある大学の先生からは「あなたはマクロ経済学がわかっていない」「Jカーブ効果はどのようなケースでも有効である」というような反論をいただきました。
それはいいとして、2014年の半ばになっても、夜の経済番組で大手シンクタンクのコメンテーターが視聴者の質問に対して「2014年は秋ごろから経済が良くなります。期待していいです」と自信を持って言っていましたが、さすがにこれは重傷だなあと、苦笑いをせずにはいられませんでした。
なぜ「実質賃金」が重要なのか
三井:中原さんは指標の中で、「実質賃金」を重要視していらっしゃいますが、なぜ「実質賃金」が大切なのでしょうか。
中原:リフレ派の識者たちは自らの正当性を主張する根拠として、アメリカにおけるインフレ目標政策の成功事例を積極的に取り上げていますが、私に言わせればこのような見解は、前回に述べた「経済政策とはいったい誰のために存在するのか」という命題の答えを完全に無視したものです。
アメリカのインフレ経済政策は、資源価格の高騰が始まった2000年以降も、住宅バブルが崩壊した2007年以降も、国民の実質賃金を引き下げてきたにとどまらず、格差が拡大していくのを助長してきたからです。
2000年を100とした場合のアメリカの名目賃金と消費者物価指数の推移を見ると、2013年のアメリカ国民の平均所得は97.9と下がっている一方で、消費者物価指数は135.3と上昇してしまっているのです。そこで、名目賃金を消費者物価で割り返して実質賃金を計算すると、実質賃金は72.4まで下がってしまっているわけです。
2013年時点でアメリカ国民の名目賃金は1995年の水準に下がってしまっているのに、ガソリン代が2.45倍、電気代が1.64倍、食料価格が1.47倍に跳ね上がってしまっていたので、暮らし向きが苦しくなるのは必然です。2011年に「ウォール街を占拠せよ」をスローガンに大規模なデモが起こったのは、起こるべくして起こったと言えるでしょう。
アメリカでトマ・ピケティの『21世紀の資本』が大ベストセラーになった背景には、彼ら急速に没落する中間層の危機意識がたぶんに働いたことが大きいと思われます。このままでは、富の格差はどんどん拡大してしまうという危機意識があったところに投げかけられたピケティ氏の主張は、彼らには「蜘蛛の糸」のように思えたのではないでしょうか。
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