田中聖さん再逮捕に見る薬物に刑罰が間違いな訳 再使用は治療失敗ではなく、治療を深める好機

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なぜ失敗がチャンスなのかというと、それは現時点で自分のどこが一番問題なのかを明らかにしてくれるからだ。ライフスタイルの修正が万全ではなかったのかもしれない。薬物欲求のスイッチを上手に回避できていなかったのかもしれない。コーピングの学習が不十分だったのかもしれない。こうしたことを治療者とともに真剣に反省し、見直しをするための機会としてとらえるのだ。

治療を受けていても再使用をすると、何よりも本人が一番ショックを受ける。依存症は治らないのだろうか、自分は薬物を克服できないのだろうかという無力感に加え、罪悪感、自己卑下、自信喪失などさまざまな負の感情に襲われる。きっと今の田中さんもそうであるに違いない。

しかし、われわれはそのようなときに、患者さんにこのように声をかけるようにしている。

「薬物依存症の治療は、自転車の練習をすることに似ています。誰でも初めのうちは、上手に運転ができず、道端の石にタイヤを取られて転んでしまうことがあります。でも、それは練習をやめてしまう理由にはなりません。大事なのは、再び自転車にまたがって、ペダルを漕ぎ続けることです。そして、今度は路上の石にはよく気を付けることです」

「自業自得」で片づけないために

田中さんの場合、路上の石にあたるものが何だったかはわからない。昔の仲間からの電話であったり、ストレスであったり、それはさまざまであろう。こうした誘惑や障害を上手によけながらライフスタイルを改めて、さまざまなコーピングを学習していくのが治療の長い道のりなのである。

しかし残念ながら、現在の日本の法体系はそのようにはなっていない。再使用をすれば、それは再犯であり、執行猶予中であればまず実刑は免れない。しかも、前回の刑と今回の刑の2つの刑を受けなければならないため、刑務所にいなければならない期間は必然的にとても長くなる。

それを自業自得というのはたやすい。しかし、依存症を克服し、再犯を防止することが目的であるするならば、そして罪を反省し、更生を誓った若者が自分らしい人生を取り戻し、社会で再び活躍することを後押しすることが目的であるならば、一番効果がある方法は、治療の継続にほかならない。

繰り返される薬物での逮捕を見るたびに、私はこの提案を繰り返していきたいと思う。一人でも理解が広がり、社会の寛容が広がっていくことを願うばかりである。

原田 隆之 筑波大学教授

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はらだ たかゆき / Takayuki Harada

1964年生まれ。一橋大学大学院博士後期課程中退、カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校大学院修士課程修了。法務省法務専門官、国連Associate Expert等を歴任。筑波大学教授。保健学博士(東京大学)。東京大学大学院医学系研究科客員研究員。主たる研究領域は、犯罪心理学、認知行動療法とエビデンスに基づいた心理臨床である。テーマとしては、犯罪・非行、依存症、性犯罪等に対する実証的研究を行っている

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