90年代は「皆が同じものを見た」最後の時代だった 文化的分断でマイケル・ジャクソン再来はない

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まったく新しいものが生まれた最後の時代

みんなが同じものを見ていたと回顧できる最後の時代──アンダーセン

私は、音楽では90年代を代表するバンドでグランジムーブメントを主導したニルヴァーナが好きなのですが、決して彼らと同世代というわけではありません。ただ、おそらく私が嫌いな60年代の自己主張の激しい音楽ではなく、知的な複雑さを併せ持っているところに引かれたのだと思います。成熟したパンクロックであるということです。

ニルヴァーナが出てきたのは私が35歳くらいのことで、それは私が若いと言える最後の時代だったこともあるでしょう。もちろん、文化を受容するのに年齢は関係ありませんが、ある種のものを受け入れられる年齢というものはあるかもしれません。

ただ、それだけでなく90年代というのはまったく新しいものが生まれた最後の時代だったように思います。それは私が年を取っただけなのかもしれませんが、それだけとばかりは言えないとも考えています。

ニルヴァーナのようなロックン・ロール、シンセサイザーによるダンス音楽やエレクトロニック・ミュージック、そしてヒップホップなどもこの時代までに確立されたものです。もちろん、それ以降もいい作品はつくられ続けています。しかし、それらが世代を通して広まるような現象は見られなくなってしまいました。

これは音楽だけに言えることではありません。映画も文学も、すべてのカルチャーにおいて、世代を通して影響を与えうる大きなスケールと芸術性が同居するような作品は、どんどん少なくなってきているのが現実です。

さまざまなものが分断を見せているように、カルチャーもまた100万人が好きなものと100人が好きなものに分断してしまっています。もはや、マイケル・ジャクソンは現れそうにない。90年代とは、みんなが同じものを見ていたと回顧できる最後の時代なのかもしれません。

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