さらに「妥当な水準が円高に動く」ということは、理論的にいえば、実質で円が強くなっているということであり、輸出品の価格は実質で見て上昇した状態で売れていることになり、輸入品の価格は実質で見て安くなっているので、大幅に日本経済の厚生が高まる。つまり、日本は確実に豊かになっている。
しかし、日本経済に何か特殊なひずみがある場合には、損をすることもありうる。
例えば、ある分野の輸出品の競争力がないにもかかわらず、同じ輸出品を同じ価格で売り続けようとする場合。つまり、1ドルでも値上げすれば、まったく売れなくなってしまうような製品を輸出し続けようとする場合だ。
この場合に、原材料コストが上昇して、経済全体の価格体系が変化しても、従来の生産構造に固執し、生産に関する行動を変えなければ、新しい経済構造に対応していない生産を続けることにより、経済全体で大きな損失が出る。
お気づきのとおり、これは日本の産業のデフォルメした姿である。円高になった場合に、実質的な均衡レートが円高になったのか、金融市場のひずみで実体経済に合わない円高になったのか議論もせずに、現状維持のために、為替介入したり、過度の金融緩和を行ったりして、経済構造の変化を阻害し、不動産・株式バブルを生み出したのが1980年代末である。
この結果、バブル崩壊後、日本はずっと古い経済社会構造と間違った現実認識の下で「景気が悪い」と騒ぎ続け、財政赤字を拡大し、非効率な分野を温存した。そして、やっと、あまりに異常な円安によって、消費者だけでなく生産者である企業も円安によるコスト高で苦しくなって、初めて「円安は悪い」ということに気づいたのである。
なぜ今は「異常な円安」になっているのか
では、現在、なぜ異常な円安になってしまっているのだろうか。これは単純な話で、実体経済、つまり、貿易や海外への直接(実物)投資などの経済の実体的構造により為替レートが決まらずに、金融市場の都合だけで為替レートが動いているからだ。
理論的には、世界的にモノの値段がどこでも同一になる「一物一価の法則」が成り立つはずである。また、経済全体で見ても、それぞれの経済の購買力が均衡状態となる「購買力平価(PPP)の為替水準」と、金融投資をする場合にどこの国の金融資産(例えば国債)に投資しても実質的に同じリターンが得られるような「金利平価の水準の為替レート」がある。しかし、この2つの均衡が両立することは現実的にはない。
そして、現実を見ると、近年では金融市場の影響力があまりに強くなり、金融市場の都合だけで為替レートが決まってしまう。さらに、それが金利平価という理論的な均衡水準ですらなく、トレーダーたちの思惑で、この金融市場の均衡レートからも大きく逸脱してしまい、乱高下するようになってしまっている。
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