「一ノ谷の戦い」源義経に敗れた平家の悲痛な末路 一門の名高い武将が次々に戦場で散っていった

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『平家物語』によると、一ノ谷の戦いで討死した平家の人々の首が、2月12日に都に到着する。そして、その翌日、大夫判官仲頼が、それらの首を受け取ったのだが、源範頼と義経が「(見せしめのために)東洞院の大路を北へ渡してから、獄門の木にかけられるべきだ」と主張したことから、一悶着起こる。

後白河法皇が「どうすればよいか」と大臣たちに相談すると彼らは「昔から公卿の位に上った者の首は、大路を渡したことはございません。しかも、この平家の者たちは、先帝の御代に外戚の臣として朝廷に仕えております。範頼や義経の申すことを受け入れてはなりません」と一様に反対する。大路を渡さないと決まったのだが、それに範頼らは文句をつける。

「平家の者たちは、父・義朝の敵でありました。われわれは命をかけて、朝敵と戦ってきたのです。平家の者どもの首は、大路を渡されなければ、今後、何の励みがあって、兇賊を討伐できましょうか」というのである。そうしてついに、法皇は、平家の人々の首を渡すことを決意する。

この話は『平家物語』の創作ではなく、実際にあったことだ。『玉葉』に詳細が載っている。院宣によって、平家の人々の首は渡さないとの旨が、範頼・義経らに伝えられたところ、彼らは「源義仲の首は大路を渡されて、平家の首は渡さないとのこと、納得いきません。なぜ、平家を惜しまれるのか」と反論した。

朝廷としては「義仲と平家とでは罪は同じではない。また、平家は帝の外戚となり、人によりては大臣や院の近臣となっている。討伐されたとは言え、首を渡すのは不義というもの。最近では、藤原信頼の首は渡していない。しかも、神璽や宝剣はいまだ平家の手にある。それを無事に取り戻すのが第一。もし、討たれた平家の者の首を渡したならば、平家の者たちは恨みを募らせるであろう。よって、首は渡さぬ」との主張を通したかったようだが、源氏の抗議が強く、最終的に渡されることになった。

義経らが平家一門の首渡しを主張したワケ

『吾妻鏡』には、「源義経が平家の人々の首(通盛、忠度、経正、教経、敦盛、師盛、知章、経俊など)を六条室町亭に集めた。そして、その首を皆、八条河原に持っていった。大夫判官仲頼がこれを受け取り、長槍刀に付けて、赤札を付けて、獄門に向かい、木にかけた。多くの者がこれを見物した」とある。

『平家物語』には、義経らが平家の首渡しを主張した理由を「保元の昔を思えば、祖父・為義が仇、平治の昔を考えたら、父・義朝の敵」、つまり、平家は父祖の仇であり、父祖の恥を雪ぐためとしている。

『玉葉』には父祖の仇うんぬんの理由は記されておらず、ただ「義仲の首は渡して、平家の首を渡さないのはおかしい」と主張しているだけである。父祖の仇を主張したら私怨ととられかねないので、あえて言わなかったのかもしれない。

しかし『吾妻鏡』には「範頼、義経は親の恨みを晴らすために願い出ていることは、道理がない訳ではない」との朝廷側の意見も記されており、真意は見抜かれていたといえるのではないか。

濱田 浩一郎 歴史学者、作家、評論家

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はまだ こういちろう / Koichiro Hamada

1983年大阪生まれ、兵庫県相生市出身。2006年皇學館大学文学部卒業、2011年皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。専門は日本中世史。兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師を歴任。『播磨赤松一族』(KADOKAWA)、『あの名将たちの狂気の謎』(KADOKAWA)、『北条義時』(星海社)、『家康クライシスー天下人の危機回避術ー』(ワニブックス)など著書多数

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