「一ノ谷の戦い」源義経に敗れた平家の悲痛な末路 一門の名高い武将が次々に戦場で散っていった

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熊谷は、少年の首を取るのは忍びないと思い「名乗られよ。お助け申そう」と告げる。少年は、自らは名乗らずに「お前のためにはよい敵だ。名乗らずとも首を取り、後で人にたずねればよい。見知っている者もいよう」とのみ言う。

それを聞いた熊谷は「立派な人物だ、助けたい」と心中願っていたのだが、そこに味方の軍勢が50騎ばかり現れる。

「お助けしたいとは思いますが、わが軍勢、雲霞のごとく迫っています。逃れることはできないでしょう。他人の手にかかるよりは、この直実によって……後のご供養もいたしましょうぞ」と涙ながらに語る熊谷に、敦盛はただ「さぁ、早く首を取れ」というのみ。そうは言われても、熊谷は同情し、どこに刀を突き刺せば良いやら、見当も付かない。朦朧とした意識のなかで、泣きながら、少年の首を取ることになる。

首を包もうとしたとき、少年が持っていた笛(敦盛の祖父・平忠盛が鳥羽院から拝領した笛・小枝)を見つける。「戦陣に笛を持って来た人はおそらくいまい。身分の高い公達は優雅なことよ」と熊谷は思いつつ、少年の首を義経に見せる。その首を見て、涙を流さない者はいなかったという。

その少年が平敦盛であることを熊谷は後で知る。それによって、熊谷は出家の意志がますます強くなったという(『平家物語』)。熊谷が出家した理由は、所領をめぐる紛争だったとする説もあるが、定かではない。

平清盛の異母弟、忠盛の最期

紺地の錦の直垂に黒糸威の鎧を着た平忠度(清盛の異母弟)にも最期の時が迫ろうとしていた。源氏方の六野太忠純が「大将軍に違いない」と目を付け、追ってきたからだ。忠純が「いかなるお方か。お名乗りなされ」と言うと、忠度は「味方じゃ」といって振り返る。しかし、忠純が内甲を見たところ、歯を鉄漿黒で染めている。

「味方に鉄漿黒をつけた者はいない。これは平家の公達であろう」と忠純は見抜き、馬を並べて、組み付いていく。「憎い奴、味方と言ったのだから、そう言わせておけばよいものを」。

忠度は大刀をもって、2度、3度と忠純を突く。2刀は鎧の上からであったので、貫通しなかったが、1刀は甲の内側へ突き入れられたため、忠純は軽傷を負う。とどめを刺そうと、忠度が身構えたところを、忠純の童が刀を抜いて、忠度の右腕の肘に切りつけ、切断。「もはや、これまで」と感じた忠度は、念仏を唱えながら、忠純に首をはねられるのであった。

「平家の御方で名高い薩摩守殿を、この忠純がお討ち申したぞ」。忠純の雄叫びを聞いて「武芸にも歌道にも優れたお方が……惜しい大将軍を亡くした」と人々は涙を流したという(『平家物語』)。生田の方面の大将・平重衡は捕虜となり、通盛・業盛・経正・経俊・師盛・知章といった平家一門の人々は戦場に散っていった。

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