がん末期39歳女性「この子といたい」と選んだ治療 AYA世代にも必要「在宅ケア」とはどんなものか

✎ 1 ✎ 2 ✎ 3 ✎ 4 ✎ 最新
拡大
縮小

Aさんの夫は日中、仕事で外出しています。そのため近くに住む姉が、家事や子どもの面倒を見るために頻繁にAさん宅に通っていました。

あと数日生きられるかどうかという段階に差し迫った日のことです。夫が席を外した隙に、Aさんは私に向かって「安楽死させてほしい」と言いました。私が「それはできない」と言うと、Aさんは「じゃあ入院させて。この家から出して」と懇願したのです。

夫が下の世話「あまりにもつらすぎる」

コロナ禍で入院すると、病院の面会制限が設けられていることから、家族となかなか会うことができません。「自宅で最期まで過ごしたい」という決意が固かったAさんだっただけに、私は耳を疑いました。

聞けば、これまで床を這ってでも自力でトイレに行っていたのが、昨日からいよいよ1人でトイレに行くことが難しくなり、昨日は姉に下の世話をしてもらった。そしてついに今朝、家に夫しかおらず、夫に世話してもらうことになった。それが「あまりにつらすぎる」というのです。

女性として、妻として、それを夫にやらせることが嫌でたまらない。夫が嫌ということではなく、1人の女性として、自分の尊厳を守り抜きたいという意思であるように見えました。

Aさんの気持ちを聞いた夫は、泣きながら「(下の世話も)俺がやる。家にいてほしい」と言います。数時間にわたって話し合った後に出た結論は、「やっぱり家で過ごす」——。Aさんが夫と子どもの前で息を引き取ったのは、その翌日のことでした。

自身の余命が見えたときに願った「家族と一緒に、最期まで家で過ごしたい」という希望を貫いた最期でした。

今、「住み慣れた場所で最期を迎えたい」という人が増えています。厚生労働省の「平成29年度人生の最終段階における医療に関する意識調査」によれば、「もしあなたが末期がんのような症状となった場合、どこで過ごしながら医療・療養を受けたいですか」との問いに対して、「自宅」との回答が全体の47.4%を占め最も多く、「医療機関」とした回答は37.5%にとどまっています。

約8割の人が病院で亡くなる現在ですが、自宅で最期を迎えることもできるのです。コロナ禍で病院では厳しい面会制限の措置が取られていることもあり、家族と離れて入院することの意味を問い直す人が少なくありません。

病院になくて自宅にあるもの、それは「生活」です。病院という場所は、あくまで病気と闘う場所で、病気と“付き合っていく”段階に入ると、必ずしも適した場所とはいえません。自由に生活できる自宅で療養生活を送る選択肢があることを、若い人にももっと知ってほしいと思います。

在宅医療は慢性的な病気や障害などによって通院が難しくなってきた人が対象で、前出のAさんのような、がんの終末期も含まれます。とくにがんの終末期には、通院がまだ難しくない状態でも、主治医から在宅医療の話が出ることがあります。これは、がんという病気の特性上、急に状態が変化する可能性があるためです。

Aさんのように、在宅医と病院医師の主治医2人体制という方法もあります。例えば、定期的に在宅医の訪問を受けながら、並行して病院に通院するなど、在宅医療と外来を組み合わせたスタイルや、病院で抗がん剤などの治療を続けながら、自宅で痛みなどの苦痛をとる緩和ケアを受ける体制も1つの方法です。

次ページ在宅医療が遅れがちなワケとは
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT