Jリーグ「パワハラ指導」元常勤理事が語る問題点 「厳しい指導は美しい思い出」は根本的な間違い
――どのように変えていったらいいでしょうか?
私たちJリーグの中で話してきたことの1つは、学校など周囲の環境に流れる「文脈」を変えるということです。「絶対優勝するぞ」とうるさく言われて育ったアスリートと、チャレンジすることにフォーカスされて育ったアスリートとでは全然違います。
私たちスポーツ界でふだん成功体験といっているのは、大会で優勝したなどの成果、つまり外的な成功体験を指すことが多いのですが、持続的かつ深いのは内的な成功体験です。
それは勝ち負けではなく、自分がチャレンジしてうまくいったという体験です。そういう環境をつくってあげることこそが指導者がやるべきことであって、厳しく自分の意のままにチームを統率して優勝に導くという結果を出すことではありません。
個々人のチャレンジとか、失敗しても何度も取り組む姿勢などの集積がチームのパフォーマンスにつながっていくはずなのに、われわれ指導者は選手に厳しくすれば勝てるという勝手な方程式を立てて、それを信じ込んでいる。
その方程式は誤りであることを社会全体、スポーツ界全体で認識し、正していかなければならないのではないかと思います。
――「厳しい指導」に感謝している選手もいるのでは?
被害者も含め、私たちはハラスメントというものがどういうものなのかという教育をまったく受けてきていません。何がハラスメントかがわからない。だから、「先生の厳しい指導のおかげでプロになれました」と笑って語ったりできるんです。
人は基本的に嫌な思い出は保存したくないので、何らかの意味付けをして脳のメモリーに落とすのだそうです。だから指導者に殴られた思い出も「あれは愛情があったからだ」とか、きれいな状態にして記憶に刻んでしまう。
その話を聞いたときに、なるほどと思いました。彼らが当時、ハラスメントにあっていたことは間違いないのに、美しい思い出として刻まれてしまっている。スポーツにおいてこんなに寂しいことはないと思うのです。
だから、ハラスメントを阻止するためにも教育をしていかなければならないよね、とJリーグの中でも話をしていました。
「厳しい指導のおかげで――」。そういうコメントを聞くたびに、私は西洋の人が聞いたらどう思うだろうと思います。ドン引きですよね。きっと加害者をカウンセリングに連れて行って、ケアしてあげてほしいって言われると思うんです。
人種問題でいえば西洋文化のほうが根が深い
――西洋のサッカーはどうなんでしょうか。たとえば、人種差別が問題になることが多いと思います。
サッカー界での人種、民族の問題でいえば、残念ながら西洋文化のほうが根が深いと思います。西洋には白人至上主義という思想を持っている人たちが一定数います。
一度でも観戦に行った人ならわかるかもしれませんが、欧州でわれわれ日本人は、かつての浦和レッズの試合で起こった「JAPANESE ONLY」の横断幕の件とはまったく逆の立場で、非常に怖い思いをします。
だから、ヨーロッパリーグがすべてすばらしいかというとそんなことはありません。こういう部分はJリーグのほうがよい状況で、それは絶対に守るべきです。
人種、民族の問題は、西洋文化がいまだに解消しきれない根の深い問題です。それを観察しながら、そうならないためにはどうすべきか考えていかなければなりません。