「母になったことを後悔」は精神疾患の兆候なのか 子を愛しているが、「母子」を超えた関係求める

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ここで着目すべき点は「母となった後悔」は「子供を愛していない」こととイコールではないことです。オルナ・ドーナト氏の研究に参加した女性の多くは、「後悔は母になったこと」であり「子供がこの世に存在することではない」というふうに明確に区別していたとのことです。

私の研究に参加した女性の大半は、後悔は母になったことであり、子どもがこの世に存在することではないという区別を明確にしていたが、これは、子どもを生きる権利を持つ独立した別の人間と位置付けていることを示唆している。同時に彼女たちは、子どもの母になったことと、その人生に責任を持つことに後悔を感じているのだ。
したがって、母でないことへの憧れは、一般的な意味での子どもの不在を必然的に含むことは明らかだが、それは必ずしも、権利があって人として生まれた実際の子どもたちを消したいという願望を伴うわけではない。母になったことの後悔と子どもを愛することの区別は、ほんの一瞬でも、子どもたちとの間の想像上のへその緒を切り離し、「母」と「子」のアイデンティティを超えた関係を持つことを求めているのだ。(118ページ~119ページより)

なぜ世間は「後悔する母親」を恐れるのか

世の中で「後悔」をしている人は少なくありません。憧れていた会社に入社し、精一杯仕事に取り組んできた人が、激務に疲労してしまい「こんなはずではなかった」「この会社を選んだのは間違いだったかもしれない」と感じるのはよくあることです。

その後悔を口に出しても、それほど非難されることはありません。ところが母親になった女性が精神的にも体力的にも疲労し、「母親という自分の存在」について悩んだ結果、「母親になったことは間違いだった」と語ると、それがたとえ子供がその場にいない場で発せられた言葉であっても、また女性が実際に子供へのケアを充分にしていたとしても、「酷い母親」のレッテルを貼られてしまいがちです。

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『母親になって後悔してる』を読むと、母親という自分の存在について悩むのは、むしろ母親としての責任や自らの生き方について真剣に考えた結果なのではないかという印象を持ちました。

妊娠と出産という能力があるため、社会は女性に対して「母親になるべき」と役割を押し付け、さらに子供を持った女性に対して「母親であることについて、喜びの気持ちしか持ってはならない」としてきました。

子供は女性の胎内で育ち、生まれてきた後も母親のケアが不可欠であるため、「母親としての役割を果たすこと」のみが重要だとみなされ、「母親の心」にスポットが当たることはありませんでした。

「どうしても母親になりたい」という女性がいる一方で、キャリアや仕事といった大義名分がなくとも、「自分の時間が持ちたい」「自由に生きたい」などといった理由から「母になりたくない」女性は存在します。彼女たちを非難せず、「認めること」が多様な社会への第一歩なのではないでしょうか。

サンドラ・ヘフェリン コラムニスト

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Sandra Haefelin

ドイツ・ミュンヘン出身。日本歴20年。 日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「ハーフといじめ問題」「バイリンガル教育について」など、多文化共生をテーマに執筆活動をしている。著書に『ハーフが美人なんて妄想ですから!!』(中公新書ラクレ)、『ニッポン在住ハーフな私の切実で笑える100のモンダイ』(ヒラマツオとの共著/メディアファクトリー)など著書多数。

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