大久保利通が倒幕後「大阪遷都」熱弁した納得理由 明治天皇に初めて拝謁したときには涙を流した

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理由は「朝廷の旧弊を改めるため」とした。天皇が京都にとどまっては、あまりにもこれまでのしがらみが強い。新政府でどんな改革を行うにせよ、まずは天皇を京都から引き離すべきだと大久保は考えた。

そんなジャブを打ってから、翌日の18日には一歩踏み込んで「大阪遷都論」を大久保は展開。22日までに公家の岩倉具視、長州藩士の広沢真臣、土佐藩の後藤象二郎らの賛同を得て、キーマンを押さえている。

大久保は政治において、一度決まったことを覆されるのを何よりも嫌った。大久保が1つずつ丁寧に物事を進めるタイプだけに、決定のプロセスがずさんなのは耐えられなかったのだろう。「大阪遷都」という大胆な構想をぶちあげるにあたっても、大久保の慎重なやり方は変わらなかった。

国内の心を1つにするため、上下の隔絶をなくすべき

そして3人の賛同を得た翌日の23日、大久保は臨時に置かれた太政官代の廟議において、大阪遷都の提案書を提出している。まずは、旧幕府軍に勝利したことで安堵する朝廷のムードを引き締めた。提案書では「現状は、変革に向けてわずかな端を開いたに過ぎない」とし、将来を見据えたビジョンを掲げている。

「広い視野で世の流れの大勢を洞察したうえで、数百年来の月日のなかで凝り固まった古いしきたりの腐臭を一新しなければなりません。そのためには、公卿と武家の隔たりをすて、国内が1つの心になることが必要です」

具体的にどうするべきなのか。大久保は天皇のあり方について、持論を展開する。これまでは天皇の御所を「雲上」(うんじょう)と呼び、「雲上人」と呼ばれる一部の公卿しか、天皇と接することができなかった。「こうした上下の隔絶をなくすべきだ」と大久保は大胆にもそんな提言を行っている。

ジャブを打っておいてから、関係者の賛同を得たうえで、ビジョンを語り、現状の問題点を指摘する。さらに自分だけの勝手な意見だと思われることのないように、他国の状況にも触れながら、国のトップリーダーのあるべき姿を打ち出した。

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