ポールソン回顧録 ヘンリー・ポールソン著/有賀裕子訳 ~リアルに再現される苦闘の2カ月半
評者 中岡 望 東洋英和女学院大学教授
アメリカでは政府高官が政策決定の回顧録を書くよき伝統がある。大統領から国務長官、財務長官、さらにFRB(連邦準備制度理事会)議長まで、さまざまな立場の人物が回顧録を残している。最近では、クリントン元大統領が2004年に『マイ・ライフ』と題して出版。今年11月のブッシュ前大統領の場合には『ディシジョン・ポインツ』という表題だった。財務長官ではロバート・ルービンが『ルービン回顧録』を書いている。本書の原書は、今年の2月に原題を『瀬戸際(On the Brink)』として上梓されている。
ブッシュ前大統領は、回顧録を執筆した動機を「本書がこの時期のアメリカ史を研究する人の資料となることを願って」としている。政策決定者が、どのような意図と思いで政策を決定したのか書き残すことは、政策担当者の責務といえる。ただ、すべての回顧録が歴史家の評価に堪えるわけではない。たとえば、アラン・グリーンスパン前FRB議長の『波乱の時代』と題する回顧録は、誰もが知りたいITバブルや住宅バブルに対する言及が少なく、読者をがっかりさせるものであった。
その中で、本書は読者の期待に十分に応え、歴史の評価に堪える第一級の回顧録である。
本書の特徴は、リーマンブラザーズ破綻から始まる金融危機の背後で政策決定者がどう判断し、どう行動したかを詳細に記述したドキュメントであることだ。まさに未曾有の金融危機に直面し、瀬戸際に追い込まれた財務省とFRBが、大恐慌の再来を防ぐために何をしたかを、政策の当事者が日記風に詳細に記録した実録である。
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