「いじめは悪いこと」と諭す人に欠けている視点 「他人からの期待や評価」が問題の隠蔽を招く

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ちなみにこのインセンティブは子どもだけでなく、大人にも働きます。学校がいじめを隠蔽しようとした事例は枚挙にいとまがありませんが、これは多くの場合、先生方が「邪悪」だから起きているわけではなく、「いじめ=悪い=起きてはいけない」という意識が正常化バイアスを引き起こしてしまっているのです。

ですから僕は子どもに、いじめが悪い行為かどうかではなく、「嫌がっている人がいる」という事実がわかったら、自分の考えとは関係なく一旦ストップしようと伝えています。いじめたことを反省させるというのは、もっとずっと後の話でよいのです。

『モンク思考』には、他者にフィードバックを求めることで、エゴではなく自信を育て、なりたい自分になるということが書かれています。反省をうながす前に、まず、いじめた子は、なぜそういう行動になったのかという理由を、誰かにちゃんと聞いてもらって整理し、掘り下げる作業が必要です。

「ぶれないキャラ」の作り方

「なりたい自分」や「自分はこうあるべき」というものが、他者からの評価に左右される状態になっていると、それはストレスを抱える大きな原因になると思います。特に、相手の期待に沿う自分になることを目指していると、社会に出た時により負担が大きくなってしまいます。

学校は、クラス単位ですから、クラス内でのキャラを確立してしまえば、そう使い分ける必要はありません。しかし、仕事となると、いろんな人とつきあわなければなりませんし、相手がどういう自分に興味があるのか、何を求めているのかも人によって違います。そこに応えようとしていると、キャラがぶれてしまいますよね。

巷でよく言われる「確固たる自分を持つ」とか、「自分を偽らない」とかいうコピーは、相手によってキャラを使い分けることを戒めていると思います。

例えば僕も、相手との立場の違いや、キャリア、年齢の違い、親密度で相手と接する態度は変えていますが、そもそもの自分の売りが変わることはありません。相手が求めてきたものに対して、自分が提供できることがマッチングしている場合だけ、仕事をご一緒していて、できない仕事は「できません」と、こちらから言います。

または、自分を偽っていなければ、相手も無理をしてまで一緒に仕事をしようとはしてきません。キャラを使い分ける必要はないですし、使い分けていないからこそ自分と合った相手と仕事をすることができます。

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