僕らの仕事、どこまで「人工知能」が奪うのか 人工知能は、急速に賢くなっている<前編>

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松尾第五世代コンピュータの話については、いろいろな解釈ができると思います。ひとつの見方は、第五世代はホワイトカラーの生産性を上げるプロジェクトで、そのためには知識、文書や画像、映像といったいろいろなデータを扱う必要があると考えられていました。単純な「データ」と言うより、もう少し「意味」に近いところ、つまり情報の内容によって処理形態を変えるような仕組みを作らなければいけない。これが背景にあったと思います。この考え方は非常に優れたものです。

グーグルが世界のすべての情報を整理すると言っていますが、それに類するようなことを早い時期に表明していたわけですから。先見の明はすごいと思いますね。

ただ、当時はデータがなかった。「意味」に近いところで知識を整理するとしても、データがないとプログラムは書けません。第五世代の当時、データがあればやれたことは多かったはずです。それがいま、ウェブが広がってきたことによって、膨大なデータが存在するようになった。それまでやりたかったいろいろな知識処理や人工知能的なアプローチが、現実に可能になってきたということだと思います。

「人工知能」は、なぜ急に賢くなったのか?

塩野1980年代は中学校の試験問題を解く程度だったものが、2000年代に入るとアメリカのIBM社が作った人工知能「ワトソン」が、クイズ番組に出てクイズ王を負かしました。両者の大きな違いは、データが取れるようになったところでしょうか。

松尾そうですね。データの量、知識の量は非常に重要です。「ウィキペディア」の情報もワトソンはけっこう使っていますよ。ウィキペディアは、非常に良質、かついろいろな分野をカバーしていますし、テキスト(文字情報)としてよく整理された形ですので使いやすい。こうした情報も知識源として使いながら、ワトソンは問題を解いています。解き方自体は、以前に比べ革新的な変化はしていませんが、やはりデータ量が多いことのインパクトは非常に大きいと思います。

塩野人工知能はウィキペディアの文章を読んでいるのですか?

松尾「読む」が何を意味するかですが、まずウィキペディアに出てくる単語と単語の関係を理解する。理解すると言いますか、この単語はこの単語とよく一緒に使われるらしいとか、この記事はこの種の単語群で構成されるらしいとか、このレベルまでは分かります。統計的なデータ分析で捉えることができますから。

ただ、人間のような「理解」があるかどうかは別の話です。人間が読んだ本の感想を聞かれたとき、「面白かった」だけでは理解したかどうか分かりませんよね。内容を自分の知識として吸収し、他のことと組み合わせて考える。ここまできて理解した、読んだと言えると思います。こうした尺度で考えると、コンピュータは読んでいないのかもしれません。ただ、少なくともデータ分析のレベルでは「読んだ」と考えられます。

塩野そうすると、コンピュータが「読む」ことや解析することも、プログラミングをした人間の設計思想とか作り方が、コンピュータの限界になることはないのでしょうか。

松尾それが限界にならないようにすればするほど、賢いシステム、優れた人工知能のプログラムと言えます。

塩野その「賢さ」においては、人工知能は自分で学習して賢くなっていくのですか?

松尾ええ。自分で学習しますが、どこまで学習できるかという問題もあります。たとえば、数学の問題を学習できるようにするプログラムは比較的容易に作れます。しかし、数学も国語も解けるようにするとなると難しい。
一科目に絞れば、設計する人が「学習の仕方」を決めて教えればいいのですが、数学も国語もとなると、二つの分野に共通するような「学習の本質」のようなものを見つけ出して、それをプログラムに落とさなければならない。これはかなり難しくなります。

塩野複合的な学習はまだ難しいということですね。そこまで賢くなるのはもう少し先としても、直感的にはいろいろなロボットや自動車に人工知能が入り、どんどん便利になって人間の自由時間が増えるなら歓迎すべきだと思います。ただ、人間が創り出した人間に似たAIが、人間を超えてしまうとなると、少し怖いような気もします。

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