塩野:その「ふるまい」の中で、先生が研究されているのはどの部分ですか?
松尾:中心は人工知能のアルゴリズムですね。たとえば将棋の場合、スコアリング、得点の付け方は極めて重要ですし、想定される自分と相手の「手」を効率的に探索すること、そして何手先まで読めるかも大事です。
ほかの分野にも同様の問題があります。お掃除ロボットでは、どんな情報を集めてどう組み合わせれば、部屋の形がきちんと認識できるか。部屋の形が分かった上でどの経路で動けば、エネルギーを無駄にせず部屋をきれいにできるか。そのあたりの手法、つまりアルゴリズムを研究しています。
塩野:それは、いままで世の中にあったようなソフトウェア、プログラムとは何が違うのでしょうか。
松尾:人工知能もソフトウェアでプログラムですから、その一部という言い方はできますが、人工知能と呼ばれないプログラムと比べると、挙動が状況に応じて変わる、状況に応じてより適切なふるまいをするところが、いちばんの違いと言っていいでしょう。
近い将来、人間の仕事は人工知能に奪われる?
塩野:従来型プログラムと人工知能の違いが分かってきました。それでは研究の世界では、何をもって「人工知能」と定義しているのでしょうか。
松尾:人工知能は非常に面白い分野でして、もともとは人間の素直な好奇心、知的好奇心から始まっています。コンピュータは計算が非常に速いから、人間よりもいろいろなことが賢くできるのではないかと考えたのが発端ですね。1956年に「ダートマス会議」が開かれて、そこで人工知能(AI)という言葉が生まれましたが、いろいろ研究を進めていくうちに、人間の知能はそれほど簡単なものではないことが分かってきました。人間は非常に賢い。コンピュータを使って人間より賢いことをするなど、とてもとてもできそうにない、と。
こうした経緯もあって、いまは人工知能に2つの流派ができています。ひとつは従来通り、人間のような高度な知能、人間よりも賢い知能の実現を目指そうとする流れ。これは「強いAI」とも呼ばれます。もうひとつは「弱いAI」。現状のテクノロジーでは高度な知能はできないとしても、普通のコンピュータよりはもう少し知的、賢く見えるような仕組みを作っていくという方向です。
塩野:なるほど。では「強いAI」の行く先ですが、このまま人工知能やロボットが発展していくと、人間の仕事が奪われてしまうという話も聞きます。人工知能は人間より賢くなってしまうのでしょうか。
松尾:それは2つの側面があるように思います。ひとつはテクノロジーの進化は、社会にいろいろなインパクトを与えますから、それによって仕事が増える人もいれば減る人もいる。ここは人工知能に限った話ではありませんよね。
人工知能によって人間が行う判断の部分をより高度にする仕組み、技術が伸びてくれば、影響を受ける職業はあるでしょう。マクロには、会計、法律、医療などの領域では、人間の判断に関わる部分は、コンピュータの役割が少しずつ大きくなっていくと思います。
一方、ドラスティックな変化が起きるかどうかですが、ここはいまも議論されているところです。いまのところ思索的な段階にすぎないのですが、自分より少しだけ賢い人工知能を作ることができたとしたら、作られた人工知能はさらに自分より少しだけ賢い人工知能を作る。これを無限にやっていけば、無限に賢い人工知能が、あっと言う間にできてしまいます。「技術的特異点(シンギュラリティ)」という話ですが、この時点を迎えると一気に違う世界が拓けるのではないか、と考える人もいます。
塩野:私たちが子どもの頃、1980年代には、ロボットが出てくるアニメやSFもたくさんありました。当時の通商産業省の主導で「第五世代コンピュータ開発機構」を作り、何百億円も投じて人工知能の研究を行いました。あのときは確か、中学校の試験問題が解けるようになったと記憶していますが。
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