歴代首相誕生の場、「佳境亭」の女将を悼む

湛山から野田佳彦まで、首相誕生を見守った

多くの首相を誕生させたのも佳境亭だった。村山政権成立を画策していた亀井静香氏はその前夜、山上さんから佳境亭を一晩貸し切って仲間と談議している。竹下氏から首相就任の打診があったものの、健康上の不安のために躊躇していた小渕恵三氏に、鈴木宗男氏と加藤紘一氏が決意を促したのも佳境亭だ。この時に使われたのは4階にある和室で、通称「首相になる部屋」。不思議なことにこの部屋に入った政治家は、次々と首相に就任しているのだ。「奇跡の大逆転」で首相に就任した野田佳彦氏も、そのひとりである。

辞任した菅直人氏の後を受け、2011年8月に民主党代表選が行われた。早くから野田氏は出馬の意思表示をしていたが、党内の支持は極めて低かった。そこに野田氏への支持を表明していた前原氏が、「あなたでは勝てない」と自ら出馬することを決意する。共倒れを防ぐべく両者で話し合いが行われたのが、佳境亭だった。

結局前原氏は一歩も譲らずに帰ったが、ひとり残った野田氏は山上さんの案内で「首相になる部屋」に入っている。まさにジンクスは実証されたわけだ。

手渡された1枚の写真

これらばかりではない。山上さんから本当に、いろんなことを教わった。有力な政治家や財界人も、大勢ご紹介いただいた。その抜粋は2009年に週刊新潮で2号にわたって寄稿した。さらに佳境亭が閉店した際に、FRIDAYにも記事を掲載した。だがまだ書いていない秘話もある。

「安積ちゃん、これをもらってね」。山上さんから渡された1枚の写真がある。激流に漂う丸太の上に烏が止まっているのを大胆に描いた屏風の前で、お気に入りの着物を着て写したものだ。屏風は西園寺公望公の愛人だった銀座の料亭の女将から譲られたもので、歌舞伎の大道具に女将が何枚か描かせたうちの1枚だという。

着物は三木武夫氏からのプレゼントだ。「これだけ先生からいただいたのよ」。

山上さんは嬉しそうに話してくれた。大胆に孔雀の羽根を配した豪華な訪問着は、まさに山上さんの人生そのもの。その柄に三木氏からのメッセージが込められているようにも思えた。

山上さんの人生は静かに閉じられた。彼女の功績は一般にはほとんど知られていない。しかしひとりの女性が人生をかけて、日本の政治を支えようとしてきたことは事実である。

87歳の人生を終えてこの世を旅立つ時、山上さんはかつてお客様を見送っていた時と同様に、両手を合わせてにっこりとほほ笑んでいるだろう。ご冥福をお祈りしたい。

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