(誤謬その6)円安は日本経済にとって望ましい
やはり間違いだ。
そもそも為替レートは、妥当な為替レートが望ましい。だから「円安が望ましい」という言葉は、つねに間違いだ。妥当な為替レートよりも円高である場合にはそれを解消することが望ましいという意味での円安はある。
実際、日本は過去、そのような時期があった。だが現在は違う。そして妥当な為替レート、実体経済に対応する意味での妥当な為替レートは、IMF(国際通貨基金)などさまざまな機関の試算では1ドル=90円から95円程度だ。どんな試算でも100円を超えることはない。
したがって、現在は過度な円安で、円安を解消することが望ましい。つまり、円高になれば日本経済はよくなるのである。
さらに、輸出など財の生産やフローで稼ぐ経済から、資産活用や投資などのストックで稼ぐ経済に移行しつつある日本にとっては、円高のほうが望ましい。
つまり経済にとって、妥当な為替水準が毎年のフローを均衡させる、実体経済の毎年の活動の均衡水準である為替レート、これが1ドル=90円から95円と試算されているわけだが、ストック投資のことを考えれば、この水準よりもさらなる円高のほうが望ましくなってくるのであり、すでに日本経済はそのステージに入っているから、ますます円安は日本経済にとって不利なのである。
すべての競争がよいわけではない
(誤謬その7)競争が成長を生み出す
ウソだ。
これも事実ではない。せいぜい信念、客観的に言えば、単なる価値観、あるいは「宗派」であり「競争教」と言ってもいいだろう。
経済にとって、よい競争もあれば悪い競争もある。生産性、効率性を競う競争は望ましいし、消費者から利益をむさぼる供給者に対して、競争を仕掛けて、消費者に安く提供するのも望ましい。
しかし、現実の経済で起きている競争は、そうでない競争も多いし、それは年々増えており、この数年激増している。「イノベーション」(「変革」「革新」などの意味で使われている)の名の下に、実際は単なるプラットフォーム争いや囲い込み争い、消費者のデータ収集争いになっており、これらは、消費者の利益や経済全体の利益とは無関係だ。「誰が独占的利益を得るか」という競争であり、経済全体にはマイナスである。
この詳しい議論は、今年どこかで詳しくしたい。
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