日本人が「バカげた迷信」を頭から信じてしまう謎 「煙をありがたがる」のは信仰との深い関係からか

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日本にはまったく古びることのない迷信が数々あります(写真:metamorworks/PIXTA)
科学がどれほど進歩しても、人間の精神性は簡単には変わらない。
かつて折口信夫に師事し、柳田國男に薫陶を受けた、今野圓輔という民俗学者がいた。今野は、民俗学の中でも俗信と呼ばれる分野(怪談、迷信、幽霊、妖怪など)に強い関心を持っていた。そんな今野が、民俗学の立場から俗信を収集し、解説した『日本迷信集』(1965年刊)が、56年の時を経て、初めて文庫化された。未だに全く古びることのない迷信の数々に驚きを覚えるが、その中でもとっておきの俗信をお届けする。

「おありがたい」さまざまな煙

このごろの都会のスモッグなどは、ありがたいどころか、市民生活にとってはどうにもならない公害で、限度以上にひとところに集まりすぎた悪影響のひとつである。しかしわれわれにとって、こういう近代生活がはき出す有害な煙のほかに、日本人を、直接に幸福にしてくれると信じられている、いわば「おありがたい」さまざまな煙も存在する。

東京の例をあげてみよう。巣鴨の「とげぬき地蔵」や浅草の観音さまの前には、線香立ての大きな香炉が据えてある。必ずしも熱心な信者ばかりにはかぎらず、多くの参詣者や、見物人や、ただの通りがかりの人たちが、この香炉から立ちのぼる煙の上に手をかざしたり、煙をすくいとるような仕草をしながら煙の恩恵に浴している。思い思いに頭や胸や腰など撫でている光景は、いまも変わることなく繰り返されているにちがいない。

この煙を手に受けて、体の悪いところや、弱い部分につけると、病気がなおったり、もっと良くなったりするといわれている。頭につけると頭痛病みがなおったり、利口になる。立ちどまって観察していると、中年の婦人だったら、肩や腕を撫でる人が多く、老人たちは、どうしても腰や足を撫でまわしている人が多いようである。子どもを抱いた若いおかあさんたちは、ハンカチを煙にかざしてから、そのハンカチで、わが子の頭をすっぽり包んでやったりもしている。

自分が供えた線香の煙も含まれているだろうが、煙の大部分は、他人があげた線香の煙にちがいない。病気の療法からいえば、「煙療法」とでもいうべきだろう。それなら、買ってきた線香を、勝手に自分の家で煙らせて、その煙で、頭を撫でたって、優秀な成績がとれそうなものである。

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