日本人が「バカげた迷信」を頭から信じてしまう謎 「煙をありがたがる」のは信仰との深い関係からか

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煙に効果があるのだというなら、なにも仏様用の線香でなくても、あるいは蚊取線香の煙でも、焚き火の煙でも、紙くずやゴミを燃やした煙でも、効果はありそうなものだが、そんなことは誰もしない。理屈ではなくて信仰だからである。そんなことで病気がなおったり、学校の成績がオールAになるといったら、百人が百人とも「迷信かぶれだ」と、非難するにちがいない。つまり人気のある観音様や、地蔵様の境内にあって、みんなの熱心な祈りのこもっている煙だからこそ、病気がなおったり、苦しみも楽になったりする効果があるのだ、という解釈になるのだろうと思う。

このような信仰上の、聖なる煙でないとしたならば、それこそ大都会の、スモッグの成因である工場や、暖房から出る煙とちっともちがわないことになる。だから、この例で考えてみると、観世音菩薩や地蔵菩薩の、ほんとうに熱心な信者たちが、御仏のありがたい恩寵なり加護を期待して、香炉の煙に手をかざすということなら、それは迷信というべきではあるまい。

われわれは昔から神秘的な煙の効果を信じてきた

しかし、そうでなくて、ただ、あの観音様や地蔵様の境内にある香炉の煙は、病気に効くそうだからというので、誰でも、その煙を利用しさえすれば、ききめがあると信じて、出かけて行ったとしても、いくら慈悲深い仏様だって、そんな奴の面倒まではみきれまいから、まず効果はないにちがいない。いったいわれわれ日本人は、こんな煙のほかにも、昔からさまざまな、神秘的な煙の効果を信じてきた歴史を持っている。すこし違った方面の煙の例を考えてみよう。

たとえば、これは一種の文芸作品だろうが、落語の「反魂香」では、その線香をたくと、きまって煙の内から幽霊が現われる筋になっている。また若い人たちにとっては身近な、しかも考えてみると気味の悪いような煙もある。受験生が利用するという火葬場の煙である。

いつごろからこんなことをいい出したものか、今でもさかんなマジナイなのかどうかまでは、わからないが、たぶん入学難がひどくなってからのことにちがいない。火葬場の煙がかかる家に下宿して受験勉強すると、めざす試験に合格するという縁起かつぎの迷信は、東京でもかなり知られているらしい。

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