瀬戸内寂聴さんが、私たちに残してくれたもの 人が作った常識の枠からはみ出た情熱と自由さ

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出家前の「瀬戸内晴美」時代、若き頃に書いた『花芯』という作品が過激であるとの非難にさらされ、批評家により「子宮作家」というレッテルを貼られるきっかけとなる。その後、一時的に文壇から追放されてしまい、沈黙を余儀なくされたわけだが、ボイコットされても、彼女はめげなかった。大衆雑誌や週刊誌に活躍の場を広げて、まっすぐ突き進んだのだ。

懲りずに、1963年に女流文学賞を受賞した『夏の終り』で再び物議を醸す。2人の男性の間に揺れ動く女性の苦悩を切実に描いたその作品は、作者本人の実体験に基づいていることが広く報じられ、話題を集めた。

それよりはるか前に、森鴎外、田山花袋、谷崎潤一郎、太宰治をはじめ、数々の文豪たちが自らの私生活をベースとした小説を綴り、恋愛体験、家庭内問題や不倫などについて公言したりしていたが、やはり女性作家が同じように愛と性という問題に真っ向から向き合おうとすると、世間の風当たりが強い。

今それが少しでも変わっているのであれば、寂聴さんのこれまでの大胆さや勇猛果断な行動にもいくらか感謝をしなければならないのかもしれない。

複雑な心理を的確に捉える感受性、恋に対する計り知れないパワーがあったからこそ、彼女の視線は、才能豊かで奔放な人生を送った近代の女性たちに向けられ、その姿を生き生きと蘇らせた。そして、次第に古典文学にも注目していった。

「源氏ブーム」の立役者に

瀬戸内寂聴が著した『源氏物語現代語訳』(全10巻)の刊行が始まったのは1996年12月からだった。準備に5年、翻訳完成までに5年、あしかけ10年という月日を捧げた力作は、滑らかな「です・ます」調が特徴的だ。

文章がすっと頭に入ってくるその読みやすさのおかげで、「寂聴源氏」は普段から古典文学にあまり寄り付かない読者層の心までつかんで、評判となった。彼女は2000年代のいわゆる「源氏ブーム」の立役者の1人でもあり、『源氏物語の女君たち』『源氏物語男君たち』などといった入門書も数多く手がけた。

古典、特に『源氏物語』に対する思いについて、「それは、もっと多くの若者にこのすばらしい日本の誇りの物語を読んでもらい、日本の文化遺産のすばらしさを知ってほしい」と、ご本人が自ら説明している。

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