「おすそ分け」を始めた私が得た「思わぬ副産物」 物のやり取りがお互いの「空気」を変化させる

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ど、どうしよう……。

ここに引っ越してくる前ならば、例のフリーボックスを置いているパン屋さんという強い味方がいた。しかし今や、縁もゆかりもない場所にポツンと一人。友達もいなければ、会社を辞めたので同僚もいない。

そう改めて考えると、人様にものを差し上げるというのはまったく簡単じゃないことなのであった。

そもそも、これといった理由、つまりはお祝いでもなく何かのお礼でもなく、赤の他人に突然モノを差し上げた経験など半世紀生きてきてゼロである。一体誰に、どんなカオして、どんな前口上でモノを持っていけばいいのだろう?

それに、これほど物があふれた時代なのだ。「もらえるものならなんでもありがたい」という人などそうそういない。どんな「良いもの」も、不要な人に押し付ければ多大なるメーワクである。

……などと考えれば考えるほど、これはあまりにも難しいプロジェクトのように思えてきた。

とはいえ、わが家にはすでにいただき物の酒瓶が数本散乱しており、さらには例のパン屋さんから大量のパンをもらってしまうという一刻を争う緊急事態が発生するに至り、グズグズ言っているヒマはなくなってしまった。

お米屋さんに大量のパンをおすそ分けしてみたら

切羽詰まって頼ったのが、近所の店である。

わが家の近所には小さな個人店が何軒かあり、そこでちょこちょこ買い物をしていたので、わが唯一の「知り合い」といえば、お店の人しかいなかったのだ。知り合いと言っても「うっすい顔見知り」程度ではあったが、それでも他に頼る先が思い浮かばなかった。

というわけで、意を決して向かったのが、わがマンションのすぐ向かいにあるお米屋さんである。

奥から「いらっしゃい」と出てきたご主人に、慌てて「あ、すみません。買い物じゃないんですが……」と言い訳するだけで変な汗が出てくる。何しろ初めてのことなのだ。

「えーっと突然なんですけど、パンってお好きですか……?」と口に出してしまってから、あちゃー私ってば何を言うておるのかと気づくももう遅い。米屋といえば、炭水化物の王者の地位をパン屋と争う存在ではないか。

つまりはパンは最大のライバルであり敵なはず。その方に向かってよりにもよって「パンはお好きですか」とは……まるで喧嘩でも売りに来たみたいじゃんと焦っていると、ご主人、あっさりと「え、パン? 大好き!」とおっしゃるではないか。

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