もう限界「紅白歌合戦」そろそろ終わっていい理由 懐メロ&ジャニーズ路線も限界にきている

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また「ズレ」といえば、こんなこともあった。司会者が発表された際、白組司会の山本耕史が「スキウタ」について質問され「何? スキウタって……」とリアクション。紅組司会の仲間由紀恵が「視聴者から聴きたい歌を選んでもらうアンケートですよね」とフォローしたのである。

このあたりのゆるさが紅白っぽいともいえるが、このゆるさが「スキウタ」のその後にも発揮された。NHKはこの試みを一度きりでやめてしまったのだ。

これはもったいなかった気もする。たとえば、この試みによって、第56回には渡辺美里が出場した。「スキウタ」の紅組25位に「My Revolution」が入ったことがきっかけだ。このように、世間の好みを探る意味ではけっこう有効だったわけだ。

さらに、数字のとれなくなった大物を切り捨てる言い訳にも使えたはずだし、何曲かを秘密にしておき、当日もしくは本番で発表すればサプライズにもなる。何より、視聴者の好みに寄り添おうとする姿勢が伝わることで、業界とのしがらみうんぬんという批判もかわせるし、世間の紅白への思い入れももっとつなぎとめられたのではないか。

「ジャニーズ重用」に舵を切る

そういう意味で、せめて3年、あるいは数年おきに3回くらいは続けてもよかった。やっているうちに、アンケートの取り方もうまくなっただろうし、こうした試みを一度きりでやめたことにはちょっとガッカリさせられたものだ。

そのかわり、紅白は別の方法で視聴者の好みに寄り添おうとした。ジャニーズの重用だ。比較的幅広く支持されているSMAPをメインにして成果を上げたことから、そこに匹敵する嵐に目をつけ、新たなメインにしたのである。

このジャニーズ路線も延命にはつながった。ただ、SMAPは2016年に解散。嵐も昨年、活動を休止した。そう、人に頼るやり方は相手次第でもあり、かなりおぼつかないのだ。それよりはコンテンツそのものを工夫したほうが長い目で見て得策だっただろう。

なお、紅白の衰退は時代の変化によるところも大きい。歌は世につれ世は歌につれ、という感じでもなくなった今、国民的歌番組を作ること自体、至難の業なのだ。審査員やゲストの顔ぶれにはまだ世相を感じるものの、肝心の歌をめぐる状況がこれでは気の毒にもなってしまう。

そんな怪物感を失いつつある紅白の姿は、今年引退した球界の怪物・松坂大輔にも通じるものだ。彼がいくら腕を振っても110キロ台の直球しか投げられなくなったように、紅白がいくら頑張っても取れる視聴率は絶頂時の半分でしかない。

紅白ファンを自認する筆者でも、そろそろお疲れさまと言いたくなる、というのは大げさだろうか。

宝泉薫(ほうせん・かおる)/1964年生まれ。早稲田大学第一文学部除籍後、ミニコミ誌『よい子の歌謡曲』発行人を経て『週刊明星』『宝島30』『テレビブロス』などに執筆する。著書に『平成の死 追悼は生きる糧』『平成「一発屋」見聞録』『文春ムック あのアイドルがなぜヌードに』など。
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