戦国期の高度成長を生んだ「倭寇的状況」の背景 応仁の乱以後、日本を変貌させた明の経済復興

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応仁の乱以後の戦国期、日本は空前の高度成長を遂げたという(写真:naoki/PIXTA)
応仁の乱以後の戦国期、空前の高度成長を遂げた日本。その背景には、中国を中心とする東アジア経済ネットワークの大発展があった。『中国史とつなげて学ぶ日本全史』を上梓した京都府立大学・岡本隆司氏が、「アジア史の視点」から日本史を捉えなおすことの意義を説く。

「14世紀の危機」後の世界と日本

日本列島は古来、荒海で隔てられた孤島です。それでも遣隋使・遣唐使に見られるように、大陸から文明・文化・文物をとりいれ、遅ればせながら自らの歴史を紡いできました。そんな受け身だった日本史は、しかし変化をきたして、いわゆる「中世」に入ります。

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大陸との交流が断絶したわけではありません。むしろ往来そのものは増したでしょうが、かつての律令国家のような文化・国制の自発的なコピーには関心を失い、独自の路線が強くなります。摂関・院政をへて武家政治に至る政治史は、そうした動向を代表した流れでしょう。そこに大陸の動向も関わっています。

10世紀初に唐が滅亡するにいたった情勢の変化は、それまで寒冷だった気候が温暖化に転じたことを契機とするもので、ユーラシア全域の規模で大きな再編が起こりました。遊牧民の活動が活潑となって、遊牧国家の興亡が相次ぎます。片や農耕世界でも、生産力があがって、経済・文化に著しい発展がありました。それだけに政治情勢は、混沌として安定しません。日本がめまぐるしい動きをみきわめられず、コピーをあきらめたゆえんです。

そうした大陸では、モンゴル帝国がユーラシアを席巻することで、大きな統合に向かって動き出しました。しかし国情のあまりにもかけ離れた日本は、「蒙古襲来」を撃退し、その大統合に加わりません。温暖化という気候変動を共有し、地域開発の進展など、大陸と似た経験を有しながらも、やはり日本は異なる道を選択したことになります。

モンゴル帝国が君臨した14世紀は、世界史では一つの分水嶺をなしています。気候が寒冷化に転じたからです。不作に疫病も重なり、それまでの好況は暗転しました。不況に沈淪した各地は、そのドン底から脱却すべく模索をはじめます。ペスト蔓延に見舞われたヨーロッパが、被害では最も深刻でした。そのためにかえって最も大きな飛躍をとげます。

分水嶺という点では、おそらく日本史も同じでしょう。同じく寒冷化に見舞われた列島は、従来の鎌倉幕府という枠組みでは統治が難しくなり、にもかかわらず、新たな秩序体系の固まらないまま、社会変動が激化し、体制再編を模索する時代に入りました。南北朝の動乱から戦国乱世です。それもやはり大陸の動向と無関係ではありません。

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