"絶対"を否定する「ニーチェ」が現代人に刺さる訳 19世紀に「多様性の時代」到来を予言した哲学者

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ニーチェの影響力というのは非常に大きく、しかも、哲学者だけに対する影響力ではなく、ほとんど私たちの中の一般常識にまでなっています。

しかし、これがニーチェから来ているということは、ニーチェを研究したり、本を読んだりしない限り、誰も意識することはありません。その意味で考えると、ニーチェの影響を受けたと言うよりも、ニーチェはこの流れを見通していたというほうが正確かもしれません。

ニーチェの一番大きな主張であり、予言は「次の2世紀はニヒリズムの時代である」というものです。彼は19世紀の人間なので、次の2世紀というのは、20世紀と21世紀を指すのですが、ここでいうところの“ニヒリズム”というのは、絶対的にこれが正しいとか、絶対的にこれが良いとか、絶対的な価値や基準、意味、目的といったものが、すべてなくなるということを意味しています。そういった絶対的なものが、20世紀に完璧に壊れて、21世紀になっても修復することができないというわけです。

事実、21世紀に生きる私たちは、誰もそんな絶対的なものがあるとは基本的に思っていません。だから、民族、文化、社会、あるいは歴史、いろいろな形でいろいろな違いがあったときに、すべてに共通の、これこそが正しいということを打ち出すことができないのです。

すべてニーチェの手のひらの上で動いている

このニーチェの予言というのは、『権力への意志』という本に書かれているもので、必然的な歴史的な事象であると語っています。

『教養として学んでおきたいニーチェ』(マイナビ新書)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

つまり、来たるべきものであり、しかもほかのあり方はないのだという形で、「次の2世紀はニヒリズムの時代である」と表現しているわけです。これがニーチェの一番大きな出発点になっています。すべてはここから始まるわけです。

そして、ニヒリズムの時代が到来して、絶対的な正しさとか、目的とか価値、そういったものが消えてしまったら、何が正しいとすればいいのか、どうやって生きていけばいいのか、という問題が生じます。

しかし、それに代わるようなものを打ち出した人は誰もいません。だから、その後の話はすべてニーチェの手のひらの上で動いているといっても過言ではないのです。

彼が“ニヒリズム”という形で表現したものは、単にニヒルな見方をするというよりは、“絶対的な基準なんてものはない”ということを意味するもので、それをあからさまに公言したのはおそらくニーチェが最初の人であり、ある意味、私たちはその末裔なのです。ニーチェの考え方は現代のわれわれにとって非常に腑に落ちやすいものであり、だからこそ、多くの人がニーチェに引かれるのだと思います。

岡本 裕一朗 玉川大学 名誉教授

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おかもと・ゆういちろう / Yuichiro Okamoto

1954年福岡県生まれ。九州大学大学院文学研究科哲学・倫理学専攻修了。博士(文学)。九州大学助手、玉川大学文学部教授を経て、2019年より現職。西洋の近現代哲学を専門とするが興味関心は幅広く、哲学とテクノロジーの領域横断的な研究をしている。著書『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)は、21世紀に至る現代の哲学者の思考をまとめあげベストセラーとなった。ほかの著書に『フランス現代思想史』(中公新書)、『12歳からの現代思想』(ちくま新書)、『モノ・サピエンス』(光文社新書)、『ヘーゲルと現代思想の臨界』(ナカニシヤ出版)など多数。

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