アウシュヴィッツ生き延びた101歳の苛烈な手記

残虐非道な強制収容所で心の支えとなった友情

文化遺産として残るアウシュヴィッツ強制収容所(写真:nhkim/PIXTA)
ナチスに両親の命を奪われ、強制収容所に何度も送られた体験を持ちながら、自らを「世界でいちばん幸せな男」だと語る男性をご存じだろうか。
ユダヤ人大虐殺はまだ過去ではないことを、彼の語りから知ることができる。
エディ・ジェイクは1920年にドイツに生まれたユダヤ人で、今年101歳を迎えた。彼が苦境に屈せず生きることができた背景には、彼自身の知性と前向きな性格はもちろん、父親や友人の存在が大きく影響している。
ナチス政権下、ユダヤ人の迫害が加速する中で、息子の行く末を案じた父親の計らいにより、エディは「ドイツ人孤児」として腕のいい機械技師になった。収容所ではユダヤ人への暴虐が行われたが、ドイツに利益をなすとみなされた者は生かされた。
「ヒトラーさえ憎まない」と語るまでに、彼はどれだけの悲しみと苦しみを経験してきたのか。そして、絶望的な環境で生きる希望となったものは何だったのか。『世界でいちばん幸せな男』より、一部抜粋してお届けする。

−8℃の極寒でも裸で寝かされた

アウシュヴィッツは死の収容所だった。

朝、目覚めても、夜ベッドにもどれるかはわからない。いや、ベッドなどなかった。幅2メートル半もない硬い木の板でできた粗末な台で、凍えそうな夜に10人が並んで眠る。マットレスも毛布もなく、他人の体温だけが頼りだ。瓶詰めのニシンのように10人がくっつき合って眠った。それが唯一の生きのびる方法だった。零下8度というきびしい寒さでも、裸で寝なければいけない。裸なら逃げられないからだ。

夜中にトイレに行ってもどってきたら、くっついて寝ている10人目の両端の者を揺り起こして中心に移動させる。そうしなければ、凍死するからだ。毎晩10人から20人が両端に長くいすぎたせいで死ぬ。そう、毎晩だ。生きのびるため、隣の男と抱き合うようにして眠りにつき、目が覚めるとその男は凍死して硬くなっている。死んで目を見開き、こちらをみつめているのだ。

夜を生きのびると、冷水のシャワーと1杯のコーヒーで目を覚まし、1切れか2切れパンを食べる。そのあと、ドイツの工場まで歩いて仕事をする。どの工場でも働くのは被収容者だ。ドイツで非常に評判のいい企業の多くは――現在も存続している企業もふくめ――わたしたちを利用して利益をあげていたのだ。

わたしたちは銃を持った兵士に見張られながら、片道最大1時間半の道のりを歩いて仕事に行った。雪、雨、風から身を守る唯一のものは、薄っぺらい服と、安物の木と帆布でつくった靴だけだ。荒く削った木のとがった部分が、一歩ごとに足の柔らかい部分に食いこむ。

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