「毎日がつまらない人」が浪費に走る納得の理由 平凡な生活や内面の充実が今、重視されている

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もちろん、怒ることが必要な局面はあります。でも、今の社会の在りようや、人々のマインドを見ていると、冷静な議論をすっ飛ばして怒っていることばかりで、これでいいのかと思います。怒っている人を見ていると、たいてい自分が正義だと思い込んでいますからね。

怒りの中にいると、本当は自分が何を求めているのかがわからなくなりますし、どんどん怒りだけが増幅してしまいます。そこを内省し、コントロールすることによって、ようやく冷静な議論が浮かび上がって来るのです。

平凡で健全な日常を求める時代へ

こういった自己コントロールが求められている背景には、2010年以降の時代の精神があるように感じています。

バブル崩壊後、長い平成30年不況と言われるなかでも、2000年代はまだ外貨預金や投資が増え、勝間和代さんブームが起きるなど、短期的には景気の良かった時期もありました。しかし、それもリーマンショックで吹き飛び、もはや右肩上がりの成長は望めなくなった。

佐々木 俊尚(ささき としなお)/ジャーナリスト。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部中退。毎日新聞記者、『月刊アスキー』編集部を経て、2003年よりフリージャーナリストとして活躍。ITから政治、経済、社会まで、幅広い分野で発言を続ける。最近は、東京、軽井沢、福井の3拠点で、ミニマリストとしての暮らしを実践。『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『そして、暮らしは共同体になる。』(アノニマ・スタジオ)、『時間とテクノロジー』(光文社)など著書多数(写真:筆者提供)

その後に東日本大震災が起き、多くの人が「富を蓄えていても、あっという間に自然災害で失ってしまうのだ」ということを目の当たりにしたわけです。

そして、現在は、お金持ちになってのし上がることを考えるよりも、持続する平和を求め、平凡で健全な日常を続けていきたいという感覚にシフトしています。

同時期、アメリカでも「タイニーハウス・ムーブメント」が起きました。大きな家を買うのではなく、小さな家で豊かに暮らそうというもので、70年代のヒッピームーブメントへの回帰とも言えます。

「平凡な日常」という言葉は、かつては退屈なものとされていました。たとえば、1990年から連載の漫画『クレヨンしんちゃん』では、平凡なサラリーマン一家が描かれていますが、それは退屈でつまらないという感覚で捉えられています。一方で、アウトサイダーとして生きることがカッコいいとされ、憧れられてもいました。

ところが今となっては、東京近郊に庭付き一戸建てを持つしんちゃん一家は、アッパーミドルです。ほかにも、『サザエさん』一家などは、東京都世田谷区に大きな庭付きの一戸建てを持っているのですから、大金持ちということになりますよね。

かつては退屈だとされていた平凡さが、いまは憧れの的になっている。そして現実には、いつ自分が崖っぷちになるかわからないという格差社会や、老後の不安がつきまとっています。

だからこそ、ますます平凡な日常が愛おしい。それが「なにものにも乱されない心を保つ」という感覚にマッチするのでしょう。こういったところに、『モンク思考』は深くリンクしています。

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