難病ALSで逝った父が家族に遺した「1冊のノート」 「ネオ・ヒューマン」が人類に与えてくれる希望
ただ、だから親父がダメだったのかというと、そうではないと思います。親父は65歳でしたが、「もう俺は人生やり切った」というものを感じました。
好き勝手に生きて、自分で会社を作り、倒産させて、家族にも迷惑をかけて……良いことも悪いこともいっぱいやったよなと考え、生に対する渇望がそれほどではなかったのかもしれません。
それと比べれば、ピーターさんは、「もっともっと生きる」という感覚が強い。その意思や信念が、彼の思考を作っているとも思います。
僕自身は、まだ道半ばです。もしも今ALSになったなら、どれだけ延命できるかを考えると思います。でも、70~80歳になって、ある程度やりたいことをやり切って、あとは余生だという時ならば、「これも運命か」と考える気がしています。
死後も生き続ける「親父のギャグノート」
僕は、当初、親父をそんなには尊敬していませんでした。良い面も悪い面も、たくさん見てきたので。
ところが、最後の最後に、その評価を完全にひっくり返す出来事がありました。親父が亡くなったあと、病室を整理していたら、よく目につく場所に1冊のノートが置いてあったんです。開いてみると、そこには、とんでもなくくだらないギャグや、どうしようもない下ネタがびっしりと書かれていました。
それを見て、僕たち家族は大笑いしてしまったんです。死後2時間も経たない病室で、看護師さんに怪訝な顔で見られるほどでした。
最後のほうは、字が字でなくなっていて、断念した様子がありましたが、あれを見ると、親父がどれだけ家族を愛していたのかがよくわかります。
すごく頭が良くて、将棋の強い人でした。つねに先の手を考えるので、「俺が死んだらみんな悲しんで泣くんだろうな。早いところ笑わせないとな」と思ったんでしょう。だから、ものすごくわかりやすい場所にそのノートが置いてあったんです。
自分が死ぬことがわかっているのに、遺される家族を笑わせることを考えていた。他人様から見れば、バカな内容かもしれませんが、僕たちにとってはとても重みがあります。心の底から親父を尊敬しました。考えてみると、他人のことを本当によく考える人でした。
ピーターさんは、自分の死後にAIの自分を残すという未来を最終章に描かれていますが、ある意味、親父はアナログでそれを残して、家族に語りかけたようなものだなと思います。
そう考えると、生と死ってなんでしょう。
心臓が止まれば、死ぬということになっていますが、ピーターさんは、心臓が止まってもAIとして生きていればそれはどうなるのという話になります。
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