資本主義で利益より「パーパス」が重視される理由 「株式会社規範のコペルニクス的転回」の教え

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メイヤー教授のこうした立場は、企業の目的を利潤(株主価値)の最大化と切り離し、独自の価値を与える点で、企業の目的が利潤の追求であることを所与として、社会的価値の追求を利潤追求の範囲内に限る多くの論者の主張とは一線を画する。

もっとも、逆に経済外部の視点から株主価値の最大化を批判する主張は、経済学以外の分野を中心に、これまで多くの論者によって展開されてきた。それらに対する本書のユニークな点は、著者自らが自負を込めて主張するとおり、以下の点にある。

「人類学者または社会学者としてではなく、……経済モデルの研究や構築のために研究者人生を歩んできた金融経済学者として……、また、企業、政府、立法府、規制当局において組織の立ち上げや政策立案に関与し、組織の下部から頂点に至るまで人々が何によって動機付けられるのか、そして法や規制が実際上どのように機能しているかを現場で見てきた者として」、主流派的な企業理解を内在的に批判し、新たな株式会社の理論を一貫した形で展開している。

それゆえにこそ、その主張は経済学の基本原理に照らして、また企業経営の実態、法運用の実務に即して高い説得力を示し、経済学者、法学者、政策担当者、企業経営者の間で多くの関心を集め、広い賛同を得ることとなったのである。

本書の刊行がもたらしたインパクト

本書出版は、学界、実業界に大きな反響をおよぼした。学界では、2018年前後から、企業の目的を巡る論議が活発となったが、その代表的な著作として参照されている。一例を挙げれば、メイヤー教授は2019年3月、コロンビア大学における企業の目的と株主価値に関するコンファレンスで本書のエッセンスを報告し、それに対して同大学のゴードン教授が詳細にコメントしている。

株式会社概念の転換を求めるメイヤー教授の主張は、英国の企業統治を巡る制度設計の現場にも影響を与えつつある。すでに前著『ファーム・コミットメント』は、従来の株主至上主義から離脱を図ったといわれる2018年の英国のコーポレートガバナンス・コードの改訂に大きな影響を与えた。

メイヤー教授は、本書の公刊と前後して、ブリティッシュ・アカデミーの「企業の未来」リサーチプログラムをプロジェクトリーダーとして指導することとなった。同プログラムの内容は、文字どおり、本書の具体化であり、その成果として継続的にレポートが公表されている。

宮島 英昭 早稲田大学商学学術院教授

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みやじま ひであき / Hideaki Miyajima

早稲田大学常任理事、同大学商学学術院教授、同大学高等研究所顧問、経済産業研究所ファカルティフェロー。1955年生まれ。1978年立教大学経済学部卒業。主な著作物に、『産業政策と企業統治の経済史』(有斐閣、2004年)、『企業統治と成長戦略』(編著、東洋経済新報社、2017年)、Corporate Governance in Japan(共編著、Oxford University Press, 2007)ほか。

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