資本主義で利益より「パーパス」が重視される理由 「株式会社規範のコペルニクス的転回」の教え

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しかし、金融危機を経て2010年代に入ると、こうした動向は再び転換し、株主至上主義の理論的な再検討が進む一方、実証面では、短期主義の弊害やESG投資の分析が進展することとなった 。ポートフォリオ投資家の増加、ヘッジファンド・アクティビズムの隆盛、ストックオプションの過度の付与のために、経営者が長期投資を犠牲として自社株買い、過大なM&A、投資の削減を実行する側面が解明される一方、単に経営学、社会学にとどまらず経済学・金融論の分野でも、CSR/ESGが注目を集め、その決定要因と効果の分析が急速に進展している。

本書は、こうした企業の目的を巡る論議の高まりと時を同じくして公刊され、また、その論議の活発化の一翼を担った著作である。

株主価値最大化か、社会的価値か

本書におけるメイヤー教授の主張は明快である。企業の目的は、現在支配的な利潤の最大化ではなく、「人々が抱え、地球上に存在する問題に対する解決策をもたらすこと」にあり、利益はそれらの問題を解決する過程で生み出されるという点にある。

こうした見方は、1970年に提示され、後年支配的な地位を確立したフリードマン・ドクトリンに対する全面的な批判として展開される。フリードマン・ドクトリンによれば、「企業の唯一の社会的責任とは、利潤を増加させること」であり、したがって、取締役の責務は、企業の所有者である株主のために利潤を最大化することとなる。

また、公共部門の役割は、ゲームのルールを定めることであり、そのルールの範囲内で利潤の最大化を追求する民間と截然と区分される。さらに、こうした見方は、企業を契約の束と考え、企業経営者を株主の代理人と捉え、金融が実体的な投資活動と独立に存在するといった伝統的な主流派経済学の見方に支えられ、取締役の忠実義務を株主利益の保護に置く会社法と対応している。

本書の主眼の1つは、こうした見方が妥当性を欠き、ビジネスの信頼性に大きなダメージを与えたことを逐一証明することに置かれている。さらに、メイヤー教授の立場は、エージェンシー理論の提唱者であるジェンセン教授に代表される、企業の目的を長期的な企業価値の最大化に求める主張とも明確に異なる。

●「良いことをして成功する」という考え方の問題点

この啓発された企業価値最大化(enlightened value maximization)の立場では、企業経営者に事業経営にあたって、ステークホルダーの利害を十分に考慮することを要求する。より広く言えば、「良いことをして成功する」(doing well by doing good)というこの考え方は、ESGやCSRを巡る論議においても、その提唱者の間で共有されており、例えば、戦略的CSR論なども同様の考え方を論拠とする場合が多い。

しかし、メイヤー教授は、この「良いことをして成功する」という見方が、社会を含む他のステークホルダーの利益を、企業が最終的に利益を追求する際の手段と考える点で、自ら提唱する主張とは明確に異なり、両者のトレードオフに真剣に目を向けない点で、きわめて危険であると主張する。

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