中国「寝そべりの達人」が手に入れた理想の生活 若者に広がる新たな生き方に当局が抱える不安

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「寝そべり」は、結婚せず、子どもも持たず、定職に就かず、家や車といった物欲を手放すことを意味する。当局が国民に求めているのとは正反対の生き方だ。だが、丁利昂さん(22)はそんなお上の意向に縛られたりはしなかった。

3カ月近く「寝そべり」を続ける丁さんは、これを「静かな抵抗」と考えている。大学は3月に最終学年で中退した。親が選んだコンピューター科学の専攻が好きになれなかったためだ。

大学を中退すると、貯金を使って深圳市で部屋を借りた。普通の事務仕事を探したが、どの求人もたいていは長時間労働が避けられないことに気がついた。「安定していて(終業後に)くつろぐ時間を確保できる仕事に就きたい。でも、そんな仕事はどこにある?」と丁さん。

「寝そべり」が映し出す2つの現象

若者は好きな仕事のために一所懸命働くべきだが、中国の多くの雇用主が求める「996」、つまり朝の9時から夜の9時まで週6日も働くのはおかしいと丁さんは考えている。仕事探しに絶望した彼は「寝そべり」こそ自らの進むべき道だと判断した。

「ぶっちゃけ、『寝そべり』ってマジ快適」と丁さんは言う。「僕は自分にあまり負担をかけたくないタイプだから」。

生計をやりくりするため、丁さんはビデオゲームをプレイして収入を得る一方、大好きなタピオカティーを断つなどして支出を最小限に抑えている。長期的な計画を尋ねると、こんな答えが返ってきた。「半年後にもう一度取材して聞いてほしい。半年以上先の計画なんてないから」。

ミレニアル世代の多くが今も昔ながらの労働倫理に従い続けている中国で、「寝そべり」が映し出しているのは2つの現象だ。反権威的なカウンターカルチャー運動の芽生えと、競争の激しい中国の労働環境に対する反発である。

オックスフォード大学で中国社会を研究する項彪教授(文化人類学)は、「寝そべり」文化を中国の分岐点と位置づける。「若者は言いようのないプレッシャーを感じており、約束が破られたという感覚を持っている。物質的に豊かになるだけではもはや人生に意味を見いだせなくなったことに人々は気がついている」。

中国共産党の独裁政権は「寝そべり」を社会の安定を揺るがしかねない危険思想とみて取り締まりに動いている。中国で人気のインターネットフォーラム「豆瓣(ドウバン)」では、9000人以上のメンバーを持つ「寝そべり」のグループが検閲によって削除された。さらに当局は、20万人のメンバーを抱える別の「寝そべり」フォーラムへの投稿も禁止した。

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