刃物の切れ味は耳で聞け!

元旋盤工・作家・小関智弘氏③

こせき・ともひろ 元旋盤工・作家。1933年東京生まれ。高校卒業後、約50年間、旋盤工として働く。その傍ら、自らの労働体験に根差したノンフィクションや小説を執筆。主な著書に『粋な旋盤工』『春は鉄までが匂った』『職人学』など。芥川賞、直木賞の候補にそれぞれ2度挙げられる。

日本の工場は、1980年ぐらいからコンピュータで制御するNC工作機械が主力になってきました。それを境に、人間の持っている五感や、勘とかコツといわれるような、あいまい模糊としたものが、古臭いと排除されるようになりました。

 たとえば音です。NC機以前を知っている職人は、刃物の切れ味を、耳で聞き分けていました。シューッという切削音が変わってきたら、刃物が切れなくなっています。ところがNC機しか知らない人は、切削音が変わっても気がつかない。マニュアルどおりにやっていれば問題ないと信じ込んでいる。それで工作物を壊しても、私のせいではないと言う。感覚が非常に薄れてきています。

職人は、機械の故障も音で気がつきます。2004年に「現代の名工」に選ばれたオイレス工業の藤本朝詔さんは、自分の工場の建物の外を歩いていて、中の機械の音に異常を感じた。すぐに修理を依頼し、機械メーカーの修理工が来たが、彼は「これが異常音ですか」と首をかしげたという。しかし分解してみたら、ベアリングが傷んでいて、大きな故障の寸前だったそうです。修理工も聞き分けられない音を、名工の藤本さんは聞き分けたのです。

職人技は、広めていく必要がある

また、人工衛星「まいど1号」の打ち上げの音頭をとった青木豊彦さんの会社では、数十人の現場社員全員が、1000分の1ミリメートルの差を指で感じ取ります。航空機部品を受注したとき、血のにじむまで訓練したそうです。人間の指というのは、そういうすごさがあるのです。

これらの音の異常や細部の差は、センサーを付ければわかるかもしれません。しかし、そのためにセンサーを付けていたら、機械の値段はハネ上がり、測定時間もかかります。判断できる耳や指を、人間が持っていたほうがはるかにいいのです。

 機械やコンピュータがいくら進歩しても、できないことはあります。たとえば細くて長いものはNC機ではうまく削れません。材料を見て、旋回させ、どこがどう曲がりそうかを把握し、適切な位置にブレ止めをかけてからやらないと、うまく削れないのです。一本一本微妙に違う材質や大きさ、削っていく形状などを考え、削っている途中でも、ブレ止めを少しずつ動かしていかなければ、上手に加工できません。

こうした職人技は、長い経験とたくさんの失敗の積み重ねがあって初めてできるもの。広めていく必要があるものなのに、それをいらないといって排除する最近の風潮は間違いだと私は思っています。

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