経営者が鍛えるべき「海外M&A」に必須の戦略眼 日本企業の事例に学ぶ新時代を勝ち抜く3要素

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成功へのポイント3:新たなPMI、ポストマージャーイノベーションへ

海外M&Aで成功した企業の経営は、対象会社の組織統合に留まっていない。買収後に対象会社の開発能力を引き出し、自社製品との組み合わせることで新たな価値を生み出す新結合、すなわちイノベーションを実現している。

例えば、村田製作所が買収したペレグリン・セミコンダクター社(現pSemi)は、高周波スイッチの設計、開発会社で、村田製作所は自社のSAWフィルターやパワーアンプなどスマートフォンのアンテナ周りの製品と組み合わせたフロントエンドモジュールで世界トップを走っている。

pSemiは、アメリカIEEEによる半導体部門の特許評価で2016年から2年連続でトップ10にランキングされるなど買収後も半導体の研究開発で実績を挙げ続けている。

テルモが買収した人工血管大手の英国バスクテック社は買収後に人工血管の製品で英国女王賞のイノベーション部門賞を2度受賞している。テルモは、同じくアメリカ企業の買収で獲得したステントグラフトと合わせ大動脈治療の製品群を現在Terumo Aortic(Aorticは大動脈の意)として展開している。

テルモの心臓血管カンパニーは買収で成長し、その営業利益は全社の3分の2を占める。

これらの企業は買収後、自主性を尊重して対象会社の製品開発を支援し、新たな組み合わせを顧客に提示することで買収を成功に導いた。

買収企業に技術や製品、そしてモジュール化のロードマップが存在し、開発途上のプロジェクトを製品化する組織能力が備わっていることが新PMI成功の前提条件となる。スタートアップ企業への投資の成否もこの前提条件が当てはまる。

買収で世界トップの事業を育てた日本企業

日本企業による海外M&Aが本格化して35年、買収を積み重ねることでようやく成功に胸を張る企業か出てきた。そして、買収モデルや相乗効果創出の手法も進化した。成功企業は買収後に、新たな結合でイノベーション本来の効果を体現して事業を世界トップに育てた。

その姿に、モノづくりを極めた日本企業が、再び世界をリードする可能性を見ることができるのではないだろうか。海外M&Aの新たな潮流に乗って、多くの企業が成功企業に続くことを期待したい。

松本 茂 京都大学経営管理大学院特命教授、城西国際大学大学院教授

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まつもと しげる / Shigeru Matsumoto

神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。PwCディレクター、英HSBC投資銀行本部長、同志社大学大学院准教授などを経て、現職。20年にわたり、M&Aアドバイザーとして、米国や中国など20カ国50を超える海外企業とのクロスボーダー案件に助言。著書に『海外企業買収 失敗の本質 戦略的アプローチ』(東洋経済新報社、2014年、第9回M&Aフォーラム正賞受賞)。2020年、京都大学経営管理大学院より優秀教育賞受賞。

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