なつかしくて新しい『海街diary』の女たち 「女にうまれてヨカッタ」 自由な女が担うもの

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サラリーマン家庭より大家族…?

吉田秋生『海街diary 6 四月になれば彼女は』(2014年、小学館)

吉田秋生のマンガ、『海街diary』が実写映画化されるという。何でも、あの是枝裕和監督の念願だったというから、この作品の魅力がいかほどかは説明するまでもない。マンガ大賞にも輝き、『月刊フラワーズ』で、今も不定期で連載が続いている。

舞台は鎌倉。家庭に複雑な事情を抱え、一軒家に4人で住む香田姉妹が、四者四様、一筋縄じゃいかない恋をしながらも、美しく豊壌な人生を築き上げてゆく。物語は丁寧に温かく紡がれ、その家族のあり方を応援したくなる。

とはいえ、注意しておきたいのは、ここで語られる家族が、登場するほかの家族や地域社会と密接に結びついた家族であるということだ。地域を巻き込みながら、お互いにつながりあう、大家族を思わせるどこかなつかしい風景が、そこには描かれている。

ところで、2006年に連載が開始されたこの作品は、1995年から翌年にかけて吉田が連載した『ラヴァーズ・キス』とクロスオーバーしている。両マンガの間では鎌倉という舞台や登場人物が共通していて、ほぼ同じ時代が想定されていることがわかる。

その一方、『海街diary』のほうには「なでしこジャパン」という愛称が使われていたりと、時代の雰囲気は現代なのが不思議なところで、並べて読んでみると、10年以上の時を隔てながら、時が重なっているような離れているような、不思議な時間感覚に誘われるはずだ。

こんな自由な設定のおかげで、両マンガの間に家族イメージの変化が見られるのは、結婚マニアとしては見逃せない(ここからが本題)。

先に見たように、『海街diary』は地域と結びついた大家族賛美なんだけれど、『ラヴァーズ・キス』にはそんな「いわゆる大家族」の一員が核家族を羨むシーンがあるのだ。そこで羨望されたのは「応接間があって ピアノがあって お母さんが手作りのお菓子焼いてくれたり」する、そんな西洋的で文化的な家庭だった。

『ラヴァーズ・キス』には、都市に出勤してゆくサラリーマンと、土着の住人のライフスタイルが対抗する、郊外の風景が描き出されていたのだった。

こうして比較してみると、『海街diary』の大家族賛歌はそれなりの意味を持っていると見ることができる。一つには大家族が美化できるほどまでに退潮したという現実もあるだろう。

が、サラリーマン家庭より大家族という伏線は吉田の中に以前からあったようで、『ラヴァーズ・キス』より前の『ハナコ月記』の中でも、主人公・ハナコさんはサラリーマンへの同情を吐露している。「「過労死」というコトバがハナコさんのアタマに浮かびます」「女にうまれてヨカッタ」。

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