「成長するアジア」と日本はどう向き合うべきか 前アジア開発銀行総裁の中尾武彦氏に訊く
アジアの中でも対立する面は確かにありますが、お互いの交流や理解は高まっている面があります。貿易、直接投資などのつながりはもちろんそうですが、ソフトなつながりも非常に強まっている。たとえば、私はADBの本部があるマニラに長くいましたが、フィリピンでは戦争直後は最悪だった対日感情が、いまでは日本は非常に信頼できる国だと考えられています。
アジアの人々は日本のことが大好きです。アニメも好きだし、日本食も好きだし、インターネットで知った1980年代のJポップスのファンになったという若者までいます。自然に恵まれ、四季があって、親切で、食事もおいしく、いまやそれほど物価の高くない日本は、アジアの富裕層、中間層には何度でも観光に行きたい天国のようなところです。
それから私費での日本への留学も増えていて、その多くは中国からです。実態としてもう日本の中に溶け込んでいる。私が大学生の頃には、周りにアジアからの留学生はほとんどいませんでした。アジアが発展して底上げされる中で、かつてのような日本からの一方通行ではなくて、日本とアジアが融合しながら、全体が豊かになっているわけです。
それに関連して1つ言っておきたいのは、いまの若者は内向きで海外に出ていかない、ハーバード大学で日本からの留学生が減っているといった話が多いですね。ただそれはバブル期のような企業が丸抱えの派遣が減ったこともある。一方で、たくさんの若い人が海外に出ていて、上海でもマニラでもバンコクでも、現地で不動産業をやっていますとか、ITの会社に勤めているというような、ごく自然にアジアで働いている人が多い。中国や韓国への留学も人気です。女性が多いことにも勇気づけられます。さまざまな面での一体化が進んでいるのです。
ナショナリズムの「管理」という課題
宮城:そういうお話を伺うと、悲観的になる必要はないんだなと明るい気持ちになりますが、一方で中尾さんは、「21世紀はアジアの時代だ」と安易に言うことにクギを刺しておられますよね。たとえば、今後のアジアを展望するときに、ナショナリズムをどう管理するかが重要だとおっしゃっていたのがとても印象に残っています。
中尾:日本自身を振り返ってみても、明治から第1次世界大戦までのような、民族の勃興期にはナショナリズムが強くなります。とくにアジアではもともと、植民地であるとか、いろいろな形で抑圧や圧制を受けてきたという気持ちがどこかで残っている国は多い。いまの中国のように、国が急速に発展し、国力が強まる時期は、とくにコントロールが難しいと思います。
中国には、アヘン戦争以来の歴史を踏まえて、欧米や日本に対して、偉そうに言うなという気持ちが強い。それに、外国からの圧迫や非難があるほど、ナショナリスティックになってしまう面があります。指導者が世界情勢を客観的に見て、国民のナショナリズムを抑制するよう努力することが非常に大事になります。
外国からもそこを理解する気持ちを持ちながら対応していかないと、「あんた、おかしいよ」と一方的に言うだけでは「あんたたちだって、おかしかったでしょう」となってしまう。民主主義と専制主義の二分法なども、どの国にも完全ではないところがあるから、あまりポジティブな結果を生まない可能性があります。
要するにナショナリズムのコントロールは非常に重要で、そこで誤ると、アジアのいままで築いてきた友好的な関係、貿易や直接投資、グローバル・バリュー・チェーンといったことまですべて歯車がくるってしまう。それを避けなくてはならないということです。
宮城:ナショナリズムの重要性は中国だけではないですよね。
中尾:インドネシアやベトナムなど、東南アジア諸国もそれぞれ独立で血を流しているわけですよね。フィリピンのドゥテルテ大統領など、「人権」を言うオバマ大統領に対して、わざわざ会議場にアメリカ統治時代のフィリピン人に対する虐殺の記事や写真を持ち込んで見せていました。
もちろん、表現や思想の自由などを含む人権、民主主義は西洋の価値というよりは、長い間に人類が勝ち取ってきた価値であり、これからも進展させていく必要があります。現在のミャンマーのような、軍部の暴走、民主主義の逆戻りは許されることではありません。ドゥテルテ大統領も麻薬対策など、とかく強権的と批判されますが、私が数回にわたり面会をした際には、毎回、女性への教育や地位の向上、農村地域の貧困対策を熱をもって語っていました。