「成長するアジア」と日本はどう向き合うべきか 前アジア開発銀行総裁の中尾武彦氏に訊く

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宮城:日本の国際協力について言えば、かつてはアジアの安定と繁栄が日本のためにもなるし、日本企業のプラスにもなるという、とてもわかりやすい図式があったと思います。そして近年だと、アフリカ支援にしても、インド太平洋構想にしても、「中国に対抗する」というのは、1つのわかりやすい図式だとは思うんですね。ただ、それが発想として生産的なものかというと、必ずしもそうでない場合もあるということですね。

そもそも日本が発展著しいアジアと、これからどのように関わっていくのかということにも関係してくると思います。少し前ですが、私のゼミの学生が部品メーカーに就職が決まったというので、「おめでとう。よかったね」と言うと、「どうせそのうち、韓国や中国メーカーとの競争に負けてダメになっちゃいますから」と、自嘲というか自虐ネタで返されて。

どのように励ましたものか考え込んでしまったのですが、日本国内では長期停滞や少子高齢化、財政難など、あまり明るい話が聞こえない中で、アジアの成長ぶりを見ると日本の衰退と表裏であるかのような見え方もするとは思うんですよね。アジアの成長を日本にとってもプラスのものと捉える発想は、どのような形で可能なのか。中尾さんはどのように思われますか。

中国が現状変更を試みるような政策ではない前提に立つ

中尾:まず、アジアはもう援助の対象ではないです。部分的に、たとえば植林で森林を造成したり、保健、教育、環境などでも技術協力ができるかもしれない。それに、アジア通貨危機のような危機への対応では、日本には国際的に重要な金融機関も多く、いまでも実力はあると思います。とはいえ環境なども、中国や韓国はすでに日本のレベルに達している部分が多く、アジアでは援助という言葉になじむ国が減ってきていることは確かです。

中尾武彦(なかお たけひこ)/1956年生まれ、1978年大蔵省入省。東京大学経済学部卒業、カリフォルニア大学バークレー校経営大学院MBA取得。IMF政策企画審査局、在ワシントン日本大使館公使、財務省国際局長、財務官などを経て2013年4月から2020年1月までアジア開発銀行総裁。現在、東京大学公共政策大学院、政策研究大学院大学で客員教授を兼任(主として留学生向けに国際金融、アジア開発史の授業を担当)(写真:みずほリサーチ&テクノロジーズ)

これからは、やはり協力です。援助する側、される側という関係ではなく、やはり、協力、対等性が強く、お互いのためになることをやるということ。貿易であれ、高等教育のための奨学生であれ、産業であれ、協力してウィン・ウィンに持っていくということですね。

中国は技術力を自分たちの手で高めていこうとしているし、日本と韓国の関係には相互に不信感が強くて難しいところがあるのは確かです。中国、韓国に対して技術が流出することへの警戒感も強くなっていますね。だけれども全体としてみれば、中国が現状変更を試みるような政策ではない、より穏健な姿勢をとってほしいという前提に立って、ウィン・ウィンの関係をさらに高めていくということは、日本にとっての経済的利益、それから地政学的な利益につながると思います。

おっしゃったようにゼロサム的な、どちらかが勝ったらどちらかの負けになるという感じを持っている人は多いし、安全保障面ではそれもやむをえないところはありますが。

宮城:中国が現状変更的な政策をとらないという前提に立ってということですが、その前提が難しいところでもありますよね。

中尾:そうです、そこがいちばん難しいところです。中国自身が気づいてくれないといけないのですが、戦前の日本がそうであったように、自国の行動が周りからどう見えているかに気づかない。国内にも穏健な考え方を持つ人はいると思うのですが、威勢のよい意見がまっとうな意見を駆逐してしまうところがあるのではないかと心配します。

中国からすれば自国の主権、核心的利益を守るという立場でしょうが、周りの国にもそれぞれの立場がある。戦前、戦時中の日本も、絶対国防圏、国体護持などと言いながら、結局は人命や国際的な信頼を含めて、すべてを失ってしまいました。そのあと営々と信頼を再構築してきたのです。

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