中国が台湾に武力行使をしない3つの理由 「台湾有事が近い」とは中国側の論理から読み取れない

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中国の戦略目標と習の台湾政策を踏まえたうえで、中国が台湾への武力行使をしない理由を3つ挙げる。

第1に、軍艦の数では中国はアメリカを上回るが、総合的軍事力では依然として大きな開きがある。米中和解に道を開いたヘンリー・キッシンジャー元国務長官は4月30日、米中衝突は「世界の終末の脅威を倍増させる」と警告した。鄧小平は「実事求是」(事実の実証に基づき、物事の真理を追求する)を説いた。米中の実力差(事実の実証)から考えても、「台湾有事」は回避しなければならない。

第2は、「統一支持」がわずか3%にすぎない「台湾民意」にある。民意に逆らって武力統一すれば台湾は戦場になる。武力で抑え込んだとしても、国内に新たな「分裂勢力」を抱えるだけで、統一の「果実」など得られない。

第3に、武力行使に対する国際的な反発は、香港問題の比ではないだろう。習指導部は第14次5カ年計画で、中国が「新発展段階」に入ったと規定した。経済成⾧だけを求める時代は終わり「素晴らしい生活への需要を満たす」ため、人々の生活の質的向上を目指す新任務を設定した。武力行使は、「一帯一路」にもブレーキをかけ発展の足を引っ張る。「新発展段階」が行き詰まれば、一党支配自体が揺らぐ恐れが出てくる。

習は2021年3月末、台湾の対岸に位置する福建省を訪問した際「両岸の融合方針」を再確認する発言をした。「武力行使は近い」との西側観測を否定するシグナルだった。台湾でもこの発言以来、武力行使切迫への危機感が薄れ始めた。

日米の「有事論切迫」は軍拡競争を招く

アメリカや日本の中国専門家も、中国側の論理をよく知っており、台湾有事が決して切迫しているわけではないことは理解しているはずだ。にもかかわらず、日米当局者が「有事論切迫」を宣伝する狙いはどこにあるのだろう。

日米首脳会談の共同声明は「日本は同盟及び地域の安全保障を一層強化するために自らの防衛力を強化することを決意した」と、日本が軍事力を強化する姿勢を強調した。狙いをまとめれば、①自衛隊の装備強化と有事の国内態勢の準備、②自衛隊の南西シフト加速、③日米一体化と共同行動の推進、だと思う。

3月の日米「2プラス2」では、岸信夫防衛相はオースチン国防相との会談で、「台湾有事では緊密に連携する方針」を確認。岸は台湾支援に向かうアメリカ軍に自衛隊がどう協力するか検討する意思を表明した。

菅政権は「台湾有事」への警戒感や世論が高まっている今こそ、台湾有事に対応する集団的自衛権行使を可能にする国内態勢作りのチャンスとみているはずだ。日本への直接の武力攻撃に至る恐れがある「重要影響事態」認定の是非をはじめ、アメリカ軍の艦艇や航空機を守る「武器等防護」発令や、「武力攻撃事態」が可能かどうかのシナリオ作りを始めている。

習の国賓訪日が延期されて以来、日本政府は日米外交とインド太平洋外交に精力を集中し、転機にある対中外交など眼中にないように見える。だが、中国の脅威をあおって抑止を強調するだけでは、軍拡競争を招く「安保のジレンマ」に陥る。安全保障とは、共通の敵を作り包囲することではない。外交努力を重ね地域の「安定」を確立するのが、本来の目的のはずだ。

岡田 充 ジャーナリスト

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おかだ たかし / Takashi Okada

1972年共同通信社に入社。香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員、論説委員を経て、2008年から22年まで共同通信客員論説委員。著書に「中国と台湾対立と共存の両岸関係」「米中新冷戦の落とし穴」など。「岡田充の海峡両岸論」を連載中。

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