英雄「ナポレオン」没200年の今、猛批判される訳 奴隷制復活、有色人種の隷属は許されないが…

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アメリカでは2013年に黒人に対する暴力や構造的な人種差別の撤廃を訴えるブラック・ライブズ・マター(BLM)運動が起こった。

昨年夏、黒人のジョージ・フロイドさんが警官の暴力で死亡したとされる事件で運動はさらに拡散。南北戦争で奴隷制存続を指示した南軍に関係する像など記念碑の破壊や撤去が急増した。イギリスで、17世紀の奴隷商人エドワード・コルストンの銅像がデモ隊によって破壊されるなど、ヨーロッパにも波及している。

これら人種差別を批判する潮流とともに、差別者の認定を受けた人物がSNS上などで徹底的に批判され、辱められるキャンセルカルチャーも横行している。日本でも性的マイノリティー(LGBT)への差別(それ自体は不当)に敏感となり、差別者へのバッシングは厳しさを増している。

イギリスでは海に放り込まれたコルストンの銅像を博物館に陳列し、いいことと悪いことの正確な史実の説明を加える方針を打ち出した。なぜなら、英国近代史の最高の英雄ウィンストン・チャーチルもアジア人蔑視で知られ、過去の英雄を今の価値観に照らせば、問題のない英雄はいないという事情もある。

廃止していた奴隷制度を復活させたナポレオン

フランスでは、革命後の1791年に植民地だった現在のハイチで黒人奴隷反乱が起き、国民公会は1794年に奴隷制度を廃止した。ところが権力を掌握したナポレオン1世は、1802年に奴隷制度を復活させ、奴隷労働を合法とした。その後、ハイチは1804年に独立し、奴隷制度が廃止されたのは1848年の2月革命で樹立された共和制政府によってだった。

奴隷制の残酷さは日本ではあまり知られていないが、奴隷商人によって家族はバラバラに売買され、人間として扱われなかった。今でもその扱いを受けた先祖を持つ人々の恨みは消えていない。

3月18日付のニューヨーク・タイムズはハイチ出身の黒人女性の研究者、マルリーン・ダート教授の寄稿を掲載し、「フランス人はナポレオンが行った奴隷制復活の暴挙を知りながら、まるで何事もなかったかのように、その歴史的罪を論じようとしない」という批判の記事を掲載した。

彼女の批判は、ナポレオンだけでなく彼の政策を支持したフランス国民やフランス軍にも向けられ、「恥ずべき歴史と向き合おうとしていない」「BLM運動の潮流を無視して、ナポレオン没後200年を祝おうとしている」と批判し、キャンセルカルチャーにも影響を与えている。

無論、フランスでも議論がないわけではない。パリ北東部、ラ・ヴィレット公園内にある「グラン・アール・ドゥ・ラ・ヴィレット」で大規模な「ナポレオン展」が本来は4月14日から開催予定だったが、コロナ禍のロックダウンで延期されている。このイベントの企画段階で、歴史学者から、ナポレオンの失政部分を隠蔽すべきではないという指摘があった。

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