アカデミー賞映画「ミナリ」は絶賛に足るものか 在米韓国人の成功の裏にある悲劇

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筆者の観点でいえば『ミナリ』がアカデミー賞候補として、韓国で明るく気分のいい大きな話題になりつつあった同じころ、アメリカ・アトランタで起きた白人青年による銃乱射事件が気になっていた。事件の犠牲になった韓国人たちの悲劇は映画とは対照的で、韓国ウォッチャーとしてはそのことをぜひ記しておきたいと思った。韓国人移民の話としてはこちらの方がはるかに切実で、現実のように思えたのだ。

乱射事件は2021年3月16日夕、ジョージア州の州都アトランタの市街地で起き、犠牲者8人のうちアジア系が6人で、うち韓国系が4人だった。米国で広がっているアジア系へのヘイト事件の一つではないかとして注目され、韓国でも大々的に伝えられた。

アトランタ銃乱射事件で犠牲になった韓国人

当時の韓国メディアの報道によると、事件現場の映像には「SPA」とか「MASSAGE」といったネオンの看板が映っていた。犠牲となった韓国人女性4人はいずれもそうした店の関係者で、しかも年齢は50代から70代。これまで夫(アメリカ人も含む)と離別したり、女手一つで子供を育ててきたなどという移民生活の苦労話が紹介され、「このままでは葬式もできない」という残された家族の窮状に、アメリカ国内で多くの支援金が寄せられた話も話題になっている。

そのうち69歳の犠牲者については「1980年代に夫と2人の子供と渡米…皿洗いやコンビニ店員、清掃婦などつらい仕事を続けながら家計を支えてきた」と紹介されている。いずれも苦労の人生だったようだが、彼女らの過去の経歴で農業にかかわるような話は出ていない。

ちなみに筆者の周辺で韓国人移民のケースを探してみると、1970年代に下宿でお世話になった一家は1980年代にブラジルに不法入国し、その後、サンパウロで縫製業をやっていた。ガールフレンドだったさる女性の場合、1990年代にアメリカ東部のニューヨークに近いフィラデルフィアで食品雑貨店をやっている在米韓国人と見合い結婚して渡米、その後、子どもを連れて離婚し、北東部のオハイオ州クリーブランドで韓国人経営のスーパーで働いていた。

ソウルの行きつけのレストランのママの家族は、弟2人が親戚を頼って1980~90年代に渡米し、ニューヨークのコリアタウンで美容用品店をやっている。以上、みんな都市居住者である。

韓国人のアメリカ移民は、アメリカが韓国軍のベトナム戦争(1975年終戦)参戦の見返りとして“移民クオーター(割り当て)”を与えたことから急増した。しかし移民のほとんどはロサンゼルスやニューヨークなど都市に住み、コリアタウンを形成した。職業の多くはクリーニング店、食品雑貨店、飲食業、美容関係など手っ取り早い販売や接客業だった。以前は韓国人の間でも「ソウル大を出てアメリカで洗濯屋をやっている」と皮肉られたものだ。

1992年のロサンゼルス暴動では、韓国人の商店2千数百件が略奪や放火に遭い、コリアタウンは廃墟と化している。この背景には、当時の都市における韓国人移民の急増があった。

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