半ば手づくりの装置で実験を重ねること約2年。この間に、T-Bufferという建物を提案している。これは、1階内部には壁を造らず、1階の外壁は津波を受けたら柱から外れる構造だ。こうすると、津波は外壁と共に1階を通過するので、建物全体としては津波を受け流す格好になる。
実はこの水槽の陸地部分に建っている建物のうちのひとつが、このT-Bufferだ。もう片方の建物では、ぶつかった波が大きなしぶきを上げていたが、こちらではそうでもなかった。
今後、T-Bufferへは、沿岸部に立地する企業が注目するに違いない。企業にとって、大規模災害下での事業継続計画(BCP)の策定は欠かせない。人員の避難計画はもちろん、浸水被害を考慮した電源やコンピューターなどの設置フロアの検討なども重要だ。
建物の構造による津波の受け方の違いを見て、ここでは、基礎研究だけでなく、現場の支援に直結する研究が行われているのだなと感心した。
聞くと、この水槽では、津波以外の実験も行われてきたという。それは主に、海での工事現場では、どんな状況で何をしたらどのくらい波が立つかを確かめることが目的だ。明石海峡大橋や東京湾横断道路の建設に当たっても、ここで実験が行われた。
ボスポラスの工事のシミュレーションもここで行った
さらには、2013年に開通した、アジアとヨーロッパをつなぐボスポラス海峡トンネルの工事のシミュレーション現場もここだという。このトンネルはトルコが150年以上前から計画し、しかし、環境が厳しいことから長年実現できなかったものだ。
先日NHKプレミアムで見た『驚き!ニッポンの底力 巨大建築物語』でも、このボスポラス海峡トンネルが特集されていた。画面に登場した大成建設の技術者はその現場を未知の状態と語っていた。理由は、南北から流れ込む海流が、複雑な動きをするからだ。
「流れとしては、明石の方が速いんです。でも、ボスポラスは明日、どう流れるかがわからない。潮汐だけが影響しているのなら規則的に流れが変化しますが、あそこは天気が変わるだけで流れが変わります。毎秒2メートル以下でないと沈埋管を降ろす工事ができないので、天気を読んで、『流況予報』を出す必要がありました。そのために、現地で1年間、天気を観測し続けました」
織田さんが事情に詳しいのは、天気観測と流況予報を担った張本人だからである。奮闘の結果、流況予報の確実性は天気予報のそれを超え、工事も無事に済んだ。深さ60メートルの海底に分速30センチで降ろした11個の沈埋管は予定から数ミリしかずれずに設置され、海底部分の長さが1.4キロに渡るトンネルとなった。
大成建設といえば“地図に残る仕事。”だが、それらは、地道な研究や実験を続ける人たちにも支えられているのだ。今日見せてもらった実験の成果も、どこかでなんらかの形で地図に残ることになるだろう。
その形は、時間や場所、状況によって変わる。土木の仕事は一点モノづくりの繰り返しだ。1年間かけてボスポラス海峡の流況予報の腕を上げても、それをそのまま次の現場に当てはめて使えるわけではない。しかし、携わった人は確実に何かを得て、何かを身につける。
現在、トルコで建設が進んでいる世界4位の長さとなるイズミット湾横断橋の現場にも、ボスポラス海峡トンネルの現場で腕を磨いたトルコ人技術者が数多く働いている。彼らが例の番組で、かつて世話になった大成建設の研究者にお礼を言う姿を見たとき、ボクはウルっときてしまった。
ボクたちはそういう経験を重ねてきた人たちによるインフラに支えられて生活している。非力ながら、インフラを支えてくれる人たちを応援していきたいと決意を新たにした今回の見学だった。
(構成:片瀬京子、撮影:大澤 誠)
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