野草を大量採取した私が陥った「悲劇的結末」 絶対やってはいけない「欲張り爺さん婆さん」

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だがせっかくいただいた命を無駄にするわけにはいかないので、その後は来る日も来る日もノビルを食べ続けた。細かく切って豆腐に乗せ、サラダもパスタもチャーハンもすべてノビル入り。もちろんそのまま酒のつまみにも。それは文字どおりの格闘であった。ようやくすべてのノビルを食べ終えたときには、体の毛穴という毛穴からノビルの香りが染み出している気がした。

野草が教えてくれた「足るを知る」ということ

はっきり言おう。もうノビルは一生食べなくてもいい。

そうなのだ。春の野草は、形はかわいらしいが、実は非常に「強い」食べ物なのである。体にいいとはそういうことなのだ。「適量」食べることが重要で、クスリもとりすぎればかえって毒となる。ということを私はこのノビル事件により、毛穴レベルで心底思い知ったのであった。

樹木葬をした母の墓参りで、手を合わせるのもソコソコに土筆摘みに熱中し、ついつい採りすぎる……悪い例です! でも楽しかったー(写真:筆者提供)

ならば一気に食べずとも、冷蔵庫などで保存してチョビチョビ食べればよいではないか……と思われるかもしれない。

そうだよね。現代人はそう思う。冷蔵庫は時を止めると心底信じているからね。だが冷蔵庫は時を止めるわけではない。冷蔵庫にできるのは、時の流れる速度をやや緩めることだけである。

で、一旦摘んだ野草の時間は「超高速」で流れていく。玉手箱を開けた浦島太郎のようなものと思っていただければ間違いない。人が改良を重ねてつくリあげた野菜とは違い、生の状態では冷蔵庫に入れようがまったく日持ちしないのだ。

すぐ食べきるか、あるいは乾燥させたり塩漬けにしたりなどの加工をすぐに施さねば、香りも味も効能も急速に失われていくのである。リアルな自然の恵みを得るには、お手軽な文明の利器などお呼びじゃないんである。

となれば、われらがとるべき態度は1つしかない。

その日に食べられる分だけ、つまりは片手にほんの1つかみ程度を採り、ありがたく食す。以上。

……え、それじゃ物足りないって? いやいやそれで十分。というかそれがいちばんなのだ。体にもいい。ほかの人とも分け合える、採り尽くさないから来年もちゃんと収穫できる。もうちょっと食べたいナというところで止めておくからこそ来年も春が来ることが楽しみになる……よく考えればいいことづくめである。

そしてこの「足るを知る」という態度こそは、現代人が最も苦手なことではなかろうか。われらはつい、使いきれないものも際限なく貯めこまねばと当たり前に考えてしまう。取れるだけ取っとかないと、誰かに先に取られて損するんじゃないかと思っちゃう(例:災害時のトイレットペーパー)から、この不毛な競争からなかなか抜け出せないんだよね。

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