佐藤:現在起きているのは、グローバリズムとトライバリズム(部族主義)によって、ネイションが引き裂かれる事態なのです。議会襲撃の直後、ワシントンの議事堂には州兵が入って警備する事態になりました。南北戦争以来のことと伝えられますが、あれはアメリカが分裂の危機に瀕した戦争でしたから、事の本質を表しています。「ナショナリズムを唱える者ならネイションを肯定するはずだ」という考えは、甘い幻想として捨て去らねばなりません。「反グローバリズムはトライバリズムへの道」が2020年代の真実です。
中野:確かに議会を襲撃した人たちの中には、部族の格好をした人もいましたね。まさにトライバリズムです。
佐藤:彼は「ジェイク・アンジェリ」を名乗る人物(本名ジェイコブ・A・チャンスリー)で、「Qアノンのシャーマン」とも呼ばれます。あの場には迷彩服を着て武装した人たちもいましたが、アンジェリのほうが注目を集めた。彼が象徴するトライバリズムこそ、トランプ支持者の本質だと見なされたのでしょう。
しかもアンジェリは「天使」の意。近代的・合理的な世界に、神話的・宗教的な世界が乱入したのです。私はちょうど、オンライン講座「自滅的改革が支持されるメカニズム」で、時代や社会は神話で動くと論じたところですが、きれいに裏書きしてくれましたね。
コンサバティブの利点
中野:もともと国民国家は非常に脆弱なものです。何か確固たる根拠のもと成り立っているのではなく、統合や分裂を繰り返し、たまたま現在のようになったというのが実情です。
イギリスを例にとると、4つの国からなる連合国ですが、明確な根拠があって1つになったわけではありません。さまざまな歴史的経緯の中で現在の形に落ち着いただけです。
そのため、「国民国家の根拠は何か」ということを争えば、無根拠性が暴かれ、バラバラになってしまいます。国内に複数のトライブ(部族)を抱えていれば、トライバリズムに向かっていき、社会が分裂する恐れもあります。そうした事態を避けるためには、国家の根拠を問うことをやめ、いまある国家秩序をひとまず受け入れるしかありません。
ハゾニーはこの問題を、「政府の哲学」と「政治秩序の哲学」という区分を用いて説明しています。「政府の哲学」とは、内部が統合されて安定した独立国家を前提とし、そのもとで政府の最良の形態を究明しようとする政治哲学のことです。例えば、リベラリズムは政府の最良の形態として自由の保障を求めるものですから、「政府の哲学」に当たります。