アメリカの復活には「中国の脅威」が必要な理由 神話が支える「暫定協定」で分断や対立を超える

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佐藤:国民国家の中には、グローバリズムに進む方向性とトライバリズムに進む方向性がともに潜んでいる。両者が同時に勢いづいたら、「暫定協定」が崩れるのは避けられません。それがいま起きている事態です。国民国家が生き延びる道があるとすれば、両方の要素を取り込んだ新しい「暫定協定」を作るしかない。2020年代は、ネイション(国民)とステート(国家)をめぐる新たな神話が必要とされる時代なのです。

施 光恒(せ てるひさ)/政治学者、九州大学大学院比較社会文化研究院教授。1971年福岡県生まれ。英国シェフィールド大学大学院政治学研究科哲学修士(M.Phil)課程修了。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程修了。博士(法学)。著書に『リベラリズムの再生』(慶應義塾大学出版会)、『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』 (集英社新書)、『本当に日本人は流されやすいのか』(角川新書)など(写真:施 光恒)

:私もそう思います。グローバリズムとトライバリズムの両方を意識し、どちらか一方に傾くことなく、うまくバランスをとることが重要です。

中野:アメリカは世界中の国々をリベラル化することを使命とし、そういうリベラリズムをナショナル・アイデンティティーとしてきました。そのため、国力がどれほど落ちこもうが、中東にも首を突っ込まなければならないし、ロシアにも首を突っ込まなければならない。ミャンマーにも首を突っ込まなければならない。自らのアイデンティティーを強調すればするほど、オーバーストレッチになって自滅する構造になっているのです。自分で自分の足を食ってしまうようなところがあるわけです。

しかし、だからと言って、この使命を放棄し、トランプ支持者たちのようにトライバリズムを進めていけば、それはそれでネイションの崩壊を招きます。これまで議論してきたように、リベラリズムであれトライバリズムであれ、いずれにせよアメリカという国家の内部崩壊を招く危険性があるのです。

アメリカが再びまとまるのは、共通の敵が出現したとき

それでは、アメリカが統一を回復するためにはどうすればよいのか。情けないことに、いくらアメリカが自ら統一を回復しようとしても、アメリカ自身にはそんな力は残っていません。私が思うに、もしアメリカが再びまとまるとすれば、共通の敵が出現したときでしょう。

その典型が9・11テロです。当時もアメリカは多くの問題を抱えていましたが、あのテロをきっかけに一気に国内がまとまりました。日米戦争の際もアメリカは国内が1つにまとまりました。アメリカは共通の敵がいれば団結する国です。もっというと、国が分裂しそうなときはあえて共通の敵を作り出そうとすることさえしかねない国なのです。

現在のアメリカにとって共通の敵とされているのは、中国です。そういう意味では、トランプもバイデンも同じように中国を脅威と見なしているのは非常に興味深いことです。バイデン政権で国務長官に就任したブリンケンは、公聴会に出席した際、トランプの外交政策は対中関係に関する限り正しいと明言しました。

これはリベラル派にとっては気に入らないでしょうが、アメリカがまとまるためには中国の脅威が必要なのです。したがって、習近平がもっと頑張ってアメリカを脅かすことが、アメリカの復活のためには最も望ましいというのが私の結論です(笑)。

(構成:中村友哉)

「令和の新教養」研究会
「れいわのしんきょうよう」けんきゅうかい

この複雑で不安定な世界を正しく理解するためには、状況を多面的に観察し、幅広く議論し、そして通俗観念を批判することで、確かな思想を鍛え上げなければなりません。内外で議論の最先端となっている書籍や論文を基点として、これから世界で起きること、すでに起こっているにもかかわらず日本ではまだ認識が薄いテーマを、気鋭の論客が読み解き、議論する研究会です。コアメンバーは中野剛志(評論家)、佐藤健志(評論家、作家)、施光恒(九州大学大学院教授)、古川雄嗣(北海道教育大学旭川校准教授)の各氏。

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