東北が日本を支える。『紙つなげ!』を読む 日本製紙石巻工場、震災と再生の記録

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そしてまた、各章の合間に語られる震災被害を受けた人々の姿は生々しく胸に迫る。助け合う姿、思いやり、悪意。今だからこそ語られる真実の姿がそこにある。

8号抄紙機の復旧、石巻工場の再生の物語がその後どうなったのか、今ここでご紹介するのはたやすい。しかし、止しておきたいと思う。最初から、石巻工場で作られたこの本の紙、一枚一枚をめくりながら、この物語を辿り、その結果を知ってもらいたいと願うからだ。石巻の物語を石巻の紙で読んでもらいたい。指で、匂いで、五感のすべてで石巻の紙を感じ取ってもらいたい。あの日、日本中が東北を支えたいと願った。だが、東北にはプライドをかけて日本を支えようとする人たちがいた。石巻工場は、プライドをかけて日本の出版を支えた。

震災があった当時、私は島根県の小さな書店に勤めていた。日本製紙の工場が被災し、書籍や雑誌の新刊刊行、重版が遅れる可能性があるという連絡がきていた。あの頃、紙のためだけでなく、インクなど様々な理由で刊行予定は遅れることがあった。話題書や定番書が品薄になるという噂もあり、在庫確保に動く書店もあった。毎日お客様に状況を説明し、頭を下げていた。もし紙不足がより深刻なものとなっていたなら、それは出版社だけではなく、本の流通に関わるすべての人間の生活を脅かしただろう。一人の書店員として、頭が下がる。そして、一人の本好きとして、紙の技術が守られたことがありがたく、その苦闘の物語に感動を覚える。

8号抄紙機を復旧させるための作業の途中、倉庫に調査に入った従業員が、奇跡的に無傷のままの角川文庫用紙のロールを発見した。あの地震と津波の中、いったいなぜこのロールだけが無事でいられたのかはわからない。3月11日、あの日抄いていた角川文庫の紙。

 ラップの奥から覗いているのは、どこまでも滑らかな紙の表面であり、わずかな傷すら見つからない。

 

 震災当日に作っていたという石巻製品は、色白の女の肌のように一層美しく、むしろ完璧だったのだ。

この文庫用紙はその後、本に加工されて、今も誰かの本棚に挿されているはずだという。

※ 毎週土曜日、書評サイトHONZの選りすぐり書評を東洋経済オンラインに掲載します。

野坂 美帆 HONZ

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のさか みほ / Miho Nosaka

文苑堂書店勤務。三十路子持ち書店員。好きなジャンルは建築。気になったらジャンル問わず買っちゃう乱読精神。地元プロサッカーチーム・カターレ富山のにわかファン。チョコ常食

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