武田のがん治療薬「出荷停止」が映す大きな難題 安全な薬を安定的に供給するために必要なこと

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また、リュープロレリンは、世界保健機関(WHO)の必須医薬品(エッセンシャルメディスン)リストにも掲載・登録されている重要な薬剤だ。エッセンシャルメディスンとは、どのような医療システムにおいても、いつでも、適切な量、適切な剤型で、品質が保証されたうえで、個人や地域社会が納得できる価格で入手できるものでなければならないものを指す。

このような大きな社会的問題が生じたのにもかかわらず、武田薬品工業は、その理由について当初から十分な情報を公開せず、GMPの違反があったと申告するのみであった。2020年7月になって、ようやく2020年9月からリュープロレリンの再生産が可能になることを発表した。

いまだにリュープロレリンは「出荷調整中」

しかし、現状はあまり改善していない。武田薬品工業のウェブサイトでは、2021年1月13日付で医療関係者向けにお知らせが出ている。その内容を要約すると、いまだにリュープロレリンは「出荷調整中」とのみ記載されているだけだ。この事態が生じた原因・理由について、詳細な報告が未だされていない。

当然のことながら、日本の規制当局である医薬品医療機器総合機構(PMDA)、ならびにその査察業務を委託されている山口県健康福祉部薬務課は、今回のFDAの査察前に、定期的な査察を行っているはずである。その結果は、GMP違反なしと判断している。なぜなら、FDAがWarning Letterが発出されるまでは、武田薬品工業は国内では通常どおりリュープロレリンを製造・販売していたからだ。

これは、2つのことを意味している。1つは、日本のPMDAは、FDAが指摘したGMP違反を指摘できなかったことである。もう1つは、武田薬品工業のGMP遵守に対する対応が、自国とアメリカの各々の当局ごとに異なっており、ダブルスタンダードであるということである。

医薬品は患者が内服するものだ。病気を治すつもりで飲んでいる薬が、不良品であったらどうだろうか。製薬企業は決して不良品を患者に届けてはいけないのである。製薬企業には、患者さんに安心して使用できる医薬品を提供する責務がある。その社会的義務はとても大きい。そのために、GMPは「誰が作業しても、いつ作業しても、必ず同じ品質でかつ高い品質の医薬品を作ることができるようになるために、医薬品製造工場が遵守すべきもの」といえる。

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