アジアが台頭する世界で欧州が果たすべき役割--ジョセフ・S・ナイ ハーバード大学教授 グローバル・アイ 世界の視点
スイス・ダボスで開催された世界経済フォーラムでは、「拡大するアジアパワー」という言葉が頻繁に使用された。あるアジアの専門家は、「2050年までに、世界の勢力図は米国、中国、インドの三つのパワーによって占められる」と主張している。こうした話題において欧州に言及する人は少ない。しかし、欧州のパワーを過小評価するのは間違いである。
現在、欧州はハードパワー(軍事力)が支配する世界では平和的存在であり、米国などに比べて軍事的には格下のレベルにある。しかし、世界は軍事力だけで語られるわけではない。むしろ民主的な先進諸国間では、軍事力以外で問題解決がされるケースがほとんどである。カーネギー国際平和財団のロバート・ケーガン上級研究員の言葉を借りれば、「先進各国は金星社会(すなわち女性的社会)」である。こうした国際状況下で、法律や制度を重視する欧州は価値ある存在といえよう。
米国の調査会社ピュー・リサーチの調査によると、欧州内の多くの人々は、欧州が世界でより大きな役割を果たすことを望んでいるという。だが軍事力で言えば、欧州が米国と均衡するには、防衛費を2~3倍に増やす必要がある。欧州の人々はそこまで防衛予算を増やすことを望んでいないだろう。
世界に影響を与える”パワー”は、3次元のチェス盤に例えられる。いちばん上のチェス盤には軍事的な関係が示され、米国が世界の唯一の超大国として存在している。ここでの世界は一極的な状況にある。上から2番目のチェス盤には経済関係が示されている。経済的な世界はすでに多極的な状況にある。ここでは欧州は一体化した共同体として行動しており、日本や中国なども大きな役割を果たしている。いま米国は、EUの承認を得なければ通商協定さえ結ぶことができない。
いちばん下のチェス盤には政府の管理を超えた国際関係が位置づけられている。すなわち麻薬や感染症、気候変動、テロといった諸問題に対する枠組みである。この盤上ではパワーは無秩序であり非国家にも開かれている。ここで重要なのは市民間の協力である。欧州はその点で優れた実績を持っている。欧州各国は互いの長年の敵意を克服し、巨大な域内市場を発展させることに成功した。ここでは市民間の協力が大いに貢献したといえよう。
国際関係を左右する四つの要因とは
最近、米国の国家情報会議は2020年の世界に向けて四つのシナリオを発表した。一つ目が「ダボスの世界」だ。これは経済的なグローバル化は今後も続くが、その中でアジア諸国が台頭するというシナリオである。二つ目は「パックス・アメリカーナ(米国を中心とする平和)の世界」であるが、これは米国が世界の秩序を決定するというシナリオである。三つ目は「新しい統治の世界」、すなわちイスラム教が西欧の規範の支配に挑戦するというシナリオである。最後の四つ目は「恐怖のサイクルの世界」であり、非国家の権力が台頭し、世界の安全保障に衝撃を与えるというシナリオである。