90歳ブロガーが書き残した孤独と自由と長寿観

「さっちゃんのお気楽ブログ」が今も続く意味

昭和の初めごろまだ平和だった  ある日
ご機嫌の父が自転車でお茶をかってきました
普段は使わない高い玉露?だったと思います
父の大切な可愛い真っ白い深めの小さい茶器で
母と私をお客にして丁寧に入れてくれました
もったいぶって? お茶の入れ方を教えてくれました
しずかな、そして和やかな午後のひとときでした
あれは、ひょっとして夢だったのでしょうか
でも、決して忘れられない親子三人きりの
懐かしい思い出です
(2013年2月28日「父の想い出(1)」より)

そんな朗らかな日常は戦争に向かう世相のなかで次第に変わっていった。太平洋戦争が始まったのは20歳になってまもなくのこと。県立高等女学校を卒業し、同校の家政研究科に進学した頃だった。1945年7月4日。大学の助手の採用試験を受けに行った日に爆撃を受ける。毎年この日の前後には必ず言及する日記を残しており、人生において忘れえない強烈な出来事だったと知れる。

B29爆撃機129機が襲来3時間轟音と炎の中を逃げまどっていた
 
近くの公園の中人々の群れの流れのままに右往左往していました
 
猿の檻の金網に焼夷弾がいくつも突き刺さってボウボウと火をふいています
 
(2010年7月4日「徳島空襲の日」より)
城山の麓には数えきれない遺体が並べられていました
近所の幼友達の清ちゃんは赤ん坊をおぶったまま亡くなりました
(2011年7月4日「今日は徳島空襲の日です」より)

疎開先のことはブログでも言及することが少ない

空襲を受けて家を失い、一家は県内の山峡にある親戚宅の蔵に身を寄せることになった。ここで30年間暮らすことになる。父は66歳で急死するまで洋服店を営んだ。幸子さんは英語塾に通い、そのスキルを生かして中学の英語教師として働くようになる。英語教師の思い出や教え子との思い出など楽しい記憶もあるが、疎開先であるこの地のことはあまり語りたくない様子で、ブログでも言及することが少ない。

なにもすることがない。なにもできない。
30年は思い出がいっぱいあるが、この川に流してしまいたい。
(2007年8月30日「第3のふるさとです」より)

1975年。28年間の教師生活を終え、同県の別の町に家を新築した。戦中に生まれた弟は大阪の大学に入学してから家を離れ、奈良で家庭を築いている。母と2人で暮らすつもりだったが、引っ越しを待たずに母は亡くなってしまった。そのとき幸子さんは54歳。以来、1人暮らしを続ける。

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