グーグルも重視する職場の「心理的安全性」とは 「解決策は」と聞く上司に決定的に欠けた視点

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ピクサーは『ファインディング・ニモ』『カールじいさんの空飛ぶ家』『トイ・ストーリー3』『インサイド・アウト』など8作品のオスカー受賞アニメーション映画を製作した。

とはいえ、彼らが作る映画は最初からすばらしいとは限らない。同社社長を長く務めたエド・キャットムルはよく、「ピクサーの映画は最初は面白くない。それを面白くするのがわれわれの仕事だ。私なりの言い方をすれば、『つまらないものからつまらなくないもの』にするんだよ」と口にする。

彼らはどうやってそれを実現しているのか? それは「ブレイントラスト」と呼ばれる討論のおかげだとキャットムルはいう。

ブレイントラストは参加メンバーを固定しない会議のようなものだ。物語作りに長けた人たちが期間限定で集まって、製作途中の作品を精査し、疑問を投げかけたりアドバイスをしたり、感想を述べたりする。

ブレイントラストはピクサー創業期から行われているが、キャットムルはときに討論が破綻する事態を経験し、野球のグラウンドルールのようなものが必要だと気がついた。

『トイ・ストーリー3』の結末が変わった

ブレイントラストで守るべき重要なルールは4つある。第1に、その作品の監督がいちばん優先されること。ブレイントラストの場では、力関係が排除される。要は、作品に変更を命じる権限はブレイントラストにはない。

キャットムルをはじめとする経営陣も同様だ。その作品の監督だけが、ブレイントラストの参加者から提示されたフィードバックを精査し、次にどうするかを決めることができる。このグラウンドルールがあるおかげで、監督は、他者の意見に真摯に耳を傾けられる。

ルールの第2は、ブレイントラストでは上層部が評価を下すのではなく、同僚どうしで評価する形をとること。ほかの映画や短編作品の製作に取り組んでいる人たちが、監督にフィードバックを送るのだ。肩書きに関係なくブレイントラストに参加し、経営者ではなく物語制作者の立場で語るわけだ。

ルールの第3は、互いの成功に責任を持つこと。ブレイントラストが開かれれば、参加者はただ見ているのではなく、積極的に作品をよくするために協力する。ほかの作品のブレイントラストに参加すれば、必然的に信頼と仲間意識が育まれる。

ルールの第4は、「正直な意見のやりとり」に専念すること。要するに、すべての参加者に誠実さを求め、上辺だけのフィードバックを返すなということだ。

ブレイントラストがプラスに働いた顕著な例のひとつが『トイ・ストーリー3』だ。ブレイントラストのなかで、ピクサーの監督のひとりであるアンドリュー・スタントンは、その第2幕の結末について「この最後には納得できない」と、再考を促す意見を述べた。

ブレイントラストの参加者が新たなプロットを思いつくことはなかったが、結局、脚本家のマイケル・アーントは参加者たちの疑問を受け入れて、そのシーンを見直し、まったく違う結末のアイデアにたどり着いた。

ハーレーダビッドソンのCEOを務めたリチャード・ティアリンクも言っているが、リーダーのいちばんの仕事は「周囲がすばらしい仕事ができる経営環境を生み出すこと」だ。

そこに必要なのは、安心できる環境、明確なグラウンドルール、適切に設定された業務だ。

現状打破が求められると、組織を変えようとするリーダーは少なくない。しかし、こと創造力に関しては、組織再編という手軽な策に答えを求めるのは、もうやめる必要があるだろう。

マイケル・A・ロベルト ブライアント大学経営学教授

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ハーバード・ビジネス・スクール教授、ニューヨーク大学スターン・スクール・オブ・ビジネスの客員教授を歴任。著書に『なぜ危機に気づけなかったのか』『決断の本質』(ともに英治出版)。意思決定、リーダーシップ、ビジネス戦略をテーマにしたオーディオ/ビデオ講義シリーズもある。

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