3年前の遺恨も噴出「スキー連盟内紛」の全内幕

改革を主導した皆川賢太郎・競技本部長は辞任

北野会長に対しては、ある遺恨もあった。

「地方を軽んじる態度をとりつづけていた北野・皆川両氏が否決されたのは当然の結果だが、理由はそれだけではない」

北野・皆川体制を手厳しく批判してきた青森県スキー連盟の工藤利雄会長はそう話す。

「3年前、実績を積んでいた当時の競技本部長を辞めさせたのは彼らではないのか」(工藤氏)

皆川氏の前任で、3年前まで競技本部長を務めていたのは成田収平氏。冬期五輪など主要な国際大会で指揮をとった若手選手指導のベテランだったが、2017年6月、突如として競技本部長を辞任した。

当時スキー連盟は、成田氏が競技本部長を辞めた理由を「成田氏から辞任の申し出があった」と説明し、マスコミもそう報じたが、本人のコメントはなく、疑問に思う人が少なくなかった。

というのも、その年の2月に行われた世界選手権で日本勢は、成田本部長の下、フリースタイルで金メダル3、ノルディックで銀メダル2、銅メダル3、スノーボードで銀メダル1、銅メダル1という好成績だった。

8カ月後の2018年2月には平昌五輪が控え、当然、平昌でも成田氏が采配を振るうものと周囲は見ていた。急転直下の辞任劇はそんな矢先に起き、多くの関係者が首をかしげた。

「会長から辞めてほしいと言われた」

この3年間、口を閉ざしていた成田氏がこのたび東洋経済の取材に応じた。成田氏は「私はみずから辞めたいと思って辞めたわけではなかった」と当時の状況を明かした。

「当時、私は平昌五輪に向けて3度も平昌入りし、競技本部長として平昌オリンピック組織委員会との合同会議に出席した。世界選手権やアジア大会では好成績を収めることができ、平昌五輪でも結果を出すために着々と準備を進めていた。それが、3回目の合同会議から日本に帰国して直後の理事会で、私は辞任せざるをえない状況に陥った」

何があったのか――。

「忘れもしない、理事会前夜の6月13日、夜9時を過ぎた頃に北野会長から電話がかかってきて、『競技本部長を辞めていただきたい』と言う。私は突然の要請に納得がいかず、理由を説明してほしいと求めた。

しかし北野会長は納得のいく説明はせず、ただ『降りなければ、あなたの経歴に傷が入ることになる』と言う。会長の要請だから断ることはできず、不本意にも私は降りざるをえなくなった。あのとき、なぜ私が辞めなければならなかったのか、現在も理由は不明だ」。

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